小鬼の日常 およびそれ関連のお話など わからない方は回れ右奨励
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羽化
2011/02/25 (Fri)
これはどうすっかなーとおもったけど
形態変わった話なんでやっぱり必要かなーと
らべはほんとに
いろんな人に助けられて生きてますな・・・
ありがたいことです
形態変わった話なんでやっぱり必要かなーと
らべはほんとに
いろんな人に助けられて生きてますな・・・
ありがたいことです
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闇天の子供が人知れず密かに小さな決意をした夜
子供の住まいに深く月の光が差し込んだ
窓の影を超え、それは子供のところまで生き物のように深く差し込み、子供の姿を照らした
命を持った生き物のような月の魔力をを伴った光は子供の姿を包み込み、その額を中心として徐々に吸い込まれるように消えていく
そして子供を包んでいた光は消え、いつもの夜の姿が戻ってきた
その静かな夜の中で、子供が寝苦しそうに身をよじった
何度かの身じろぎの後、跳ねる様に飛び起きる
「・・・・?」
自分がなぜ起きたのかわからずに、闇天の子供はあたりを見回した
が、込み上げるものを抑えるかのように胸と口を押さえた
すさまじい気持ちの悪さが彼女を襲っていた
―――いったい何が?
思い当たることは何もなかった
しかし、この感じは以前に体験したような気がした
翼が生えた日の晩―――子供はぼんやりと思い出す
(飢えて、どうしようもなくて店売りのものに手を出してしまった晩
あの夜もこんな感じだった・・あの時は焼きごての痛みのせいだと思っていたけど)
込み上げる悪寒に子供は身を折り息を荒げ耐えようとしていた
助けて、という言葉の代わりにごめんなさいと言う言葉が口から漏れる
あの時と同じように、きっとこれは何かの罰なのだ
闇天の子供はそう考えた
よくわからないけど、自分は何か悪いことをしたのだと
謝るべき相手もわからず、何について謝るのかもわからず、
助けてと、誰かに助けを請う代わりに彼女は苦しさに耐えながら誰にともなく謝り続けていた
それだけが、この苦しみから逃れるためのすべだとでもいうように・・
何かにすがるものを探すかのように子供の視線は宙を彷徨う
普通の子供なら助けを求めるべき親というものの存在を彼女は持っていなかった
そういうものがあるという知識があってもそれが普通の子供に何をするものかということを彼女は理解してなかった
そしてその親の代わりに彼女に保護を与える腕も今まで存在していなかった
最近、そういう存在を知りはしたが、それはこの世から消えていた
「・・・ラ・・」
その存在の名前を呼びかけて、子供は激しく首を振った
これ以上迷惑をかけてはいけない
彼が自分にしてくれたことを思い出すとこの場で名前を出すことさえ躊躇われた
苦しみに必死で耐える子供を内部から激しい衝撃が襲う
「あ・・・・くはっ・・・」
今まで堪えていた声をついに子供は漏らした
封印の魔方陣の描かれた背中がぼこっ、と動く
魔方陣が薄れ、現れる一対のこぶ
「あーーーーー!」
子供の絶叫とともに、背中のこぶが弾けた
現れたのは淡い青みががかった数枚の羽根
子供の血に染まった翼は子供の叫び声を糧にするかのようにゆっくりと大きくなっていく
身体を引き裂かれる痛みを、子供は気を失うこともできずに耐えていた
意識を失うことさえ許さないその痛みに朦朧となりながら子供はぼんやりと考えていた
―――いちゃいけないのにいるから、神様がおれを引き裂いているんだ
それに答えるかのように、彼女の背中にもう一対のこぶが蠢く
「あ・・・あっ・・・・」
前の羽根の出現が生み出した痛みが続く中、新しい痛みが彼女を襲う
声を出すだけでは耐え切れず涙を流す子供の背から、新しい羽根が、彼女の背中を突き破るように姿を現していた
―――存在するからの罰
その極論に達していた彼女は痛みで震える手で元から生えていた翼から羽根を引き抜いた
集中することも難しいその状態で、羽根に魔力を送り込む
手にした羽根はいつも以上に月の光を含んだように輝いた
「ラヴ・・?」
手にした硬質化した羽根を見つめる彼女を誰かが呼んだ
痛みを一瞬忘れ驚いたように声の方向を見る
透き通るような姿で銀髪の男が佇んでいた
「何が・・起こってる?」
めきめきと音が聞こえそうな勢いで伸びる羽の苦痛が再び彼女を襲う。唇をかみ締めて痛みを堪えるため、現れた男の問いに答えられず、ただ首を横に振った
「羽が・・・生えてきているのか・・・?」
男の声に子供は朦朧となった意識の中ぼんやりと顔を上げた
「・・・は・・ね・・?」
その言葉を聞くまで、子供は自分の身体に起こっている変化に気づいてなかった
「そのせいで・・・・?」
痛みにあえぎながら意識をしゃんとさせようと子供は再度頭を振った
彼女に近づきかけた男が何かに阻まれるように歩をとめた
二人の間を隔てる空間を手探りで探りながら、気遣うように声をかける
「痛むんだな。大丈夫か?」
男の声に子供は必死になって笑顔を浮かべようと努力した
「・・・・・へ、いき・・」
彼女が何とか普通にと出した声は、痛みによって途切れる
子供が何か特殊な空間に囲まれているのを確認した男は見えない壁に両手を押し当てた
「相変わらず、うそつきだな・・」
男の両手から力が放出される
それは彼女を囲う空間とせめぎ合ってきれいな光を生み出した
それを目の端に捕らえながら、絶え間なく襲う痛みに耐える彼女に、男は続けて声をかけた
「こういうときは痛いって言っていいんだ・・・助けてくれとどうして言わない・・」
「言って・・・・いいの?だって、これは・・・」
言いかけた彼女の言葉をさえぎって、最初に生え出した翼がその姿の全てを露わにした
―――これは、罰ではないの・・?逃れることを望んでもいいの?
その疑問を考える余裕は今の彼女にはなかった
なんにせよ、今この瞬間激痛が襲い、それから逃れるすべはないのだからそれに耐えるしかないのだ
壁を破ろうとする男の方へ目にも微かな月の光似た銀色の光が集まりだしていた
月の光に似た保護膜につつまれ痛みに耐えていた闇天の子供がふと、顔を上げた
「・・・・離れて・・」
絞り出すような声が漏れるより先に男は魔力の放出をやめ、見えない壁から体を離した
その空間に集まっていた銀の光が槍のように突き出して来る
「・・・ラヴを守っているのか・・?」
突き出した光は男が穴を開けていた場所をさらに厚く覆っていく
それを見ていた子供はほっとしたように溜息をついた
そしてゆっくりと顔を上げると青白い顔ににっこりと微笑を刻んだ
「・・へいき・・・大丈夫だから・・」
厚くなった膜に手を当て男は中の様子を覗き込む
にっこりとこちらを見る瞳は閉じられていた
ひざの上に落ちた腕の先にある硬質化した羽根がその足を傷つけていたがぴくりとも動く様子はなかった
「ラヴ・・・?」
安心させるための笑みを浮かべ、そしてやっと子供は気を失うことができたようだった
「ここから救わなくてもいいのならほかにも方法はある・・・」
男はそう呟くと子供を取り巻く壁に手を当て同調を始めた
「生身の身体じゃ無理だろうけどな・・。・・・・ん?」
幽体の姿に戻り、壁を通り抜けようとした男が怪訝そうに声を上げた
思ったより複雑な構造だった
彼女を取り巻く壁はここの次元だけではなくさらに何層もの次元にわたって防御をしている
―――ち、面倒な・・
内心の焦りを押しとどめ、男はそれぞれの次元の壁を越えていく
子供の横に辿り着いた時、男はかなりの魔力を使い果たしていた
「ラヴ・・?」
微笑を浮かべた子供からの答えはなかった
そのとき彼女の背中の翼が背から伸び始めた
子供の微笑が苦痛に歪む
再び感じ始めた痛みにぼんやりと目を開けた闇天の子供は自分のそばに立つ男に気がついた
「・・・ごめん・・ね?」
うっすらと微笑もうとした唇から謝罪の言葉が漏れる
「何を謝る・・?」
男は歩み寄り子供の頭に手を置いた
かき上げた髪の毛の間から額から突き出た小さな角が姿を現す
その異変に気づいていないであろう子供は痛みに途切れる言葉を必死につなごうと努力していた
「辛そうなとこ見せて・・心配させた・・・・・。無理させたから・・。だから・・ごめ・・・」
「俺がしたかったからそうしたんだ。気にするな・・・」
男は子供の頭を胸に抱き寄せ安心させるように頭を撫でてやる
そうしながら彼女の背中を覗き込んだ
新しく生えた羽の一対はまだその姿を全ては現してはいないようだった
「まだ、痛むか?」
自分に寄りかからせた子供に男は声をかける
男の見ている前で音さえ聞こえるような勢いで羽は伸び続けていた
子供の身体がその度に打ち震えるのが男自身の身体を通して伝わってくる
「・・・・へいき・・」
子供はそう呟くように言った
「またそういう強がりを・・」
その言葉に苦しそうな息のしたから必死に言葉を紡ぎ出そうとしていた
「大丈夫・・・きてくれたから・・・もうへいきだよ・・・?」
その言葉を証拠付けるかのように笑みを浮かべて見せようとする子供の手が男の手に爪を立てていた
気づいていないらしいその力は子供の言葉を裏切るように遥かに強く、深く爪あとを刻んでいた
「うそつき・・」
男の言葉にうっすらと笑みを浮かべる子供の顔は青白く、痛みを耐える為の汗が玉のように浮かんでいた
「・・・・ねぇ・・これは・・罰ではないの・・・・・?」
子供はやっとの思いで疑問を口に出した
子供の頭を撫でていた手が止まる
「・・・何の罰だ?」
子供は男の腕を掴んだまま無言で首を振る
背から伸びる羽の痛みになかなか声を出すことができない
「わかんない・・知らないうちに・・・・・酷い事した・・・かも・・・」
痛みに耐えかねて頭を沈み込ませながら途切れ途切れに呟く言葉は不確かだった
「・・・何の罪もない者に罰は与えられない」
男の手が慰めを与えるように再び子供の頭を撫で始める
―――たとえ本当に罪を犯していたとしても・・おまえが背負うことは決してない・・
男の心の中の呟きは苦しみに耐える子供には到底読み取ることはできなかった
「あっ・・・!」
突然子供が叫び声を上げ、男の腕に爪あとを残す
後から生えた羽がその姿を全て現したのだ
「大丈夫か・・?」
男の声に子供はやっと本当の笑みをその口元に浮かべた
「だいぶ・・ましになった・・・・」
その顔色はまだ白かったし、四肢は痛みに震えていたけれど、確かに先ほどよりは痛みは軽くなってきているようだった
「・・・よく頑張ったな・・」
子供の頭を撫でる手にわずかに力をこめる
子供は安心したように微笑んだ
その手に握られていた硬質化した羽根を男はそっと取り上げる
「・・・・罰なら・・と、思って・・」
男の手の中で普通の羽根に戻っていくさまを痛みに麻痺した頭でぼんやり見つめながら、子供はぽつりと呟いた
「俺と同じになっては駄目だと・・いったろ?・・・これは罰ではなく成長だ・・」
手の中の羽根を魔力で粉々にして男は子供の肩を抱き寄せた
「・・ん。罰じゃないなら・・がんばる・・・。身長も・・のびるかな・・・?」
答えた子供の翼はほとんどの成長を終えかけていた
痛みもなくなってきたらしく、子供は男の腕の中で静かな寝息を立て始めている
「・・・成長・・か・・・」
疲れきって眠る子供の頭を撫でながら男はポツリと呟いた
子供の住まいに深く月の光が差し込んだ
窓の影を超え、それは子供のところまで生き物のように深く差し込み、子供の姿を照らした
命を持った生き物のような月の魔力をを伴った光は子供の姿を包み込み、その額を中心として徐々に吸い込まれるように消えていく
そして子供を包んでいた光は消え、いつもの夜の姿が戻ってきた
その静かな夜の中で、子供が寝苦しそうに身をよじった
何度かの身じろぎの後、跳ねる様に飛び起きる
「・・・・?」
自分がなぜ起きたのかわからずに、闇天の子供はあたりを見回した
が、込み上げるものを抑えるかのように胸と口を押さえた
すさまじい気持ちの悪さが彼女を襲っていた
―――いったい何が?
思い当たることは何もなかった
しかし、この感じは以前に体験したような気がした
翼が生えた日の晩―――子供はぼんやりと思い出す
(飢えて、どうしようもなくて店売りのものに手を出してしまった晩
あの夜もこんな感じだった・・あの時は焼きごての痛みのせいだと思っていたけど)
込み上げる悪寒に子供は身を折り息を荒げ耐えようとしていた
助けて、という言葉の代わりにごめんなさいと言う言葉が口から漏れる
あの時と同じように、きっとこれは何かの罰なのだ
闇天の子供はそう考えた
よくわからないけど、自分は何か悪いことをしたのだと
謝るべき相手もわからず、何について謝るのかもわからず、
助けてと、誰かに助けを請う代わりに彼女は苦しさに耐えながら誰にともなく謝り続けていた
それだけが、この苦しみから逃れるためのすべだとでもいうように・・
何かにすがるものを探すかのように子供の視線は宙を彷徨う
普通の子供なら助けを求めるべき親というものの存在を彼女は持っていなかった
そういうものがあるという知識があってもそれが普通の子供に何をするものかということを彼女は理解してなかった
そしてその親の代わりに彼女に保護を与える腕も今まで存在していなかった
最近、そういう存在を知りはしたが、それはこの世から消えていた
「・・・ラ・・」
その存在の名前を呼びかけて、子供は激しく首を振った
これ以上迷惑をかけてはいけない
彼が自分にしてくれたことを思い出すとこの場で名前を出すことさえ躊躇われた
苦しみに必死で耐える子供を内部から激しい衝撃が襲う
「あ・・・・くはっ・・・」
今まで堪えていた声をついに子供は漏らした
封印の魔方陣の描かれた背中がぼこっ、と動く
魔方陣が薄れ、現れる一対のこぶ
「あーーーーー!」
子供の絶叫とともに、背中のこぶが弾けた
現れたのは淡い青みががかった数枚の羽根
子供の血に染まった翼は子供の叫び声を糧にするかのようにゆっくりと大きくなっていく
身体を引き裂かれる痛みを、子供は気を失うこともできずに耐えていた
意識を失うことさえ許さないその痛みに朦朧となりながら子供はぼんやりと考えていた
―――いちゃいけないのにいるから、神様がおれを引き裂いているんだ
それに答えるかのように、彼女の背中にもう一対のこぶが蠢く
「あ・・・あっ・・・・」
前の羽根の出現が生み出した痛みが続く中、新しい痛みが彼女を襲う
声を出すだけでは耐え切れず涙を流す子供の背から、新しい羽根が、彼女の背中を突き破るように姿を現していた
―――存在するからの罰
その極論に達していた彼女は痛みで震える手で元から生えていた翼から羽根を引き抜いた
集中することも難しいその状態で、羽根に魔力を送り込む
手にした羽根はいつも以上に月の光を含んだように輝いた
「ラヴ・・?」
手にした硬質化した羽根を見つめる彼女を誰かが呼んだ
痛みを一瞬忘れ驚いたように声の方向を見る
透き通るような姿で銀髪の男が佇んでいた
「何が・・起こってる?」
めきめきと音が聞こえそうな勢いで伸びる羽の苦痛が再び彼女を襲う。唇をかみ締めて痛みを堪えるため、現れた男の問いに答えられず、ただ首を横に振った
「羽が・・・生えてきているのか・・・?」
男の声に子供は朦朧となった意識の中ぼんやりと顔を上げた
「・・・は・・ね・・?」
その言葉を聞くまで、子供は自分の身体に起こっている変化に気づいてなかった
「そのせいで・・・・?」
痛みにあえぎながら意識をしゃんとさせようと子供は再度頭を振った
彼女に近づきかけた男が何かに阻まれるように歩をとめた
二人の間を隔てる空間を手探りで探りながら、気遣うように声をかける
「痛むんだな。大丈夫か?」
男の声に子供は必死になって笑顔を浮かべようと努力した
「・・・・・へ、いき・・」
彼女が何とか普通にと出した声は、痛みによって途切れる
子供が何か特殊な空間に囲まれているのを確認した男は見えない壁に両手を押し当てた
「相変わらず、うそつきだな・・」
男の両手から力が放出される
それは彼女を囲う空間とせめぎ合ってきれいな光を生み出した
それを目の端に捕らえながら、絶え間なく襲う痛みに耐える彼女に、男は続けて声をかけた
「こういうときは痛いって言っていいんだ・・・助けてくれとどうして言わない・・」
「言って・・・・いいの?だって、これは・・・」
言いかけた彼女の言葉をさえぎって、最初に生え出した翼がその姿の全てを露わにした
―――これは、罰ではないの・・?逃れることを望んでもいいの?
その疑問を考える余裕は今の彼女にはなかった
なんにせよ、今この瞬間激痛が襲い、それから逃れるすべはないのだからそれに耐えるしかないのだ
壁を破ろうとする男の方へ目にも微かな月の光似た銀色の光が集まりだしていた
月の光に似た保護膜につつまれ痛みに耐えていた闇天の子供がふと、顔を上げた
「・・・・離れて・・」
絞り出すような声が漏れるより先に男は魔力の放出をやめ、見えない壁から体を離した
その空間に集まっていた銀の光が槍のように突き出して来る
「・・・ラヴを守っているのか・・?」
突き出した光は男が穴を開けていた場所をさらに厚く覆っていく
それを見ていた子供はほっとしたように溜息をついた
そしてゆっくりと顔を上げると青白い顔ににっこりと微笑を刻んだ
「・・へいき・・・大丈夫だから・・」
厚くなった膜に手を当て男は中の様子を覗き込む
にっこりとこちらを見る瞳は閉じられていた
ひざの上に落ちた腕の先にある硬質化した羽根がその足を傷つけていたがぴくりとも動く様子はなかった
「ラヴ・・・?」
安心させるための笑みを浮かべ、そしてやっと子供は気を失うことができたようだった
「ここから救わなくてもいいのならほかにも方法はある・・・」
男はそう呟くと子供を取り巻く壁に手を当て同調を始めた
「生身の身体じゃ無理だろうけどな・・。・・・・ん?」
幽体の姿に戻り、壁を通り抜けようとした男が怪訝そうに声を上げた
思ったより複雑な構造だった
彼女を取り巻く壁はここの次元だけではなくさらに何層もの次元にわたって防御をしている
―――ち、面倒な・・
内心の焦りを押しとどめ、男はそれぞれの次元の壁を越えていく
子供の横に辿り着いた時、男はかなりの魔力を使い果たしていた
「ラヴ・・?」
微笑を浮かべた子供からの答えはなかった
そのとき彼女の背中の翼が背から伸び始めた
子供の微笑が苦痛に歪む
再び感じ始めた痛みにぼんやりと目を開けた闇天の子供は自分のそばに立つ男に気がついた
「・・・ごめん・・ね?」
うっすらと微笑もうとした唇から謝罪の言葉が漏れる
「何を謝る・・?」
男は歩み寄り子供の頭に手を置いた
かき上げた髪の毛の間から額から突き出た小さな角が姿を現す
その異変に気づいていないであろう子供は痛みに途切れる言葉を必死につなごうと努力していた
「辛そうなとこ見せて・・心配させた・・・・・。無理させたから・・。だから・・ごめ・・・」
「俺がしたかったからそうしたんだ。気にするな・・・」
男は子供の頭を胸に抱き寄せ安心させるように頭を撫でてやる
そうしながら彼女の背中を覗き込んだ
新しく生えた羽の一対はまだその姿を全ては現してはいないようだった
「まだ、痛むか?」
自分に寄りかからせた子供に男は声をかける
男の見ている前で音さえ聞こえるような勢いで羽は伸び続けていた
子供の身体がその度に打ち震えるのが男自身の身体を通して伝わってくる
「・・・・へいき・・」
子供はそう呟くように言った
「またそういう強がりを・・」
その言葉に苦しそうな息のしたから必死に言葉を紡ぎ出そうとしていた
「大丈夫・・・きてくれたから・・・もうへいきだよ・・・?」
その言葉を証拠付けるかのように笑みを浮かべて見せようとする子供の手が男の手に爪を立てていた
気づいていないらしいその力は子供の言葉を裏切るように遥かに強く、深く爪あとを刻んでいた
「うそつき・・」
男の言葉にうっすらと笑みを浮かべる子供の顔は青白く、痛みを耐える為の汗が玉のように浮かんでいた
「・・・・ねぇ・・これは・・罰ではないの・・・・・?」
子供はやっとの思いで疑問を口に出した
子供の頭を撫でていた手が止まる
「・・・何の罰だ?」
子供は男の腕を掴んだまま無言で首を振る
背から伸びる羽の痛みになかなか声を出すことができない
「わかんない・・知らないうちに・・・・・酷い事した・・・かも・・・」
痛みに耐えかねて頭を沈み込ませながら途切れ途切れに呟く言葉は不確かだった
「・・・何の罪もない者に罰は与えられない」
男の手が慰めを与えるように再び子供の頭を撫で始める
―――たとえ本当に罪を犯していたとしても・・おまえが背負うことは決してない・・
男の心の中の呟きは苦しみに耐える子供には到底読み取ることはできなかった
「あっ・・・!」
突然子供が叫び声を上げ、男の腕に爪あとを残す
後から生えた羽がその姿を全て現したのだ
「大丈夫か・・?」
男の声に子供はやっと本当の笑みをその口元に浮かべた
「だいぶ・・ましになった・・・・」
その顔色はまだ白かったし、四肢は痛みに震えていたけれど、確かに先ほどよりは痛みは軽くなってきているようだった
「・・・よく頑張ったな・・」
子供の頭を撫でる手にわずかに力をこめる
子供は安心したように微笑んだ
その手に握られていた硬質化した羽根を男はそっと取り上げる
「・・・・罰なら・・と、思って・・」
男の手の中で普通の羽根に戻っていくさまを痛みに麻痺した頭でぼんやり見つめながら、子供はぽつりと呟いた
「俺と同じになっては駄目だと・・いったろ?・・・これは罰ではなく成長だ・・」
手の中の羽根を魔力で粉々にして男は子供の肩を抱き寄せた
「・・ん。罰じゃないなら・・がんばる・・・。身長も・・のびるかな・・・?」
答えた子供の翼はほとんどの成長を終えかけていた
痛みもなくなってきたらしく、子供は男の腕の中で静かな寝息を立て始めている
「・・・成長・・か・・・」
疲れきって眠る子供の頭を撫でながら男はポツリと呟いた
2011/02/25 (Fri)
ああ しまった
たぶんこっちのがさっきの生い立ちより前になるんじゃあないか、、設定上
これは知り合いとの関連付けでできた話かな
かてぃおらがだれかというと
みくしでおれの背後と繋がってる人です(ばく
別大陸で知り合ってたけど
オールドで大変お世話になった感じでw
たぶんこっちのがさっきの生い立ちより前になるんじゃあないか、、設定上
これは知り合いとの関連付けでできた話かな
かてぃおらがだれかというと
みくしでおれの背後と繋がってる人です(ばく
別大陸で知り合ってたけど
オールドで大変お世話になった感じでw
「何で皆起きないんだよっ」
騒ぎの中紫の髪をした子供が奥へと駆け出した
入り口の方では門を破壊しようとする大きな音が鳴り響いている
走りついた奥の部屋を乱暴に開ける
「おっさんっ!」
寝台で死んだように眠っている部屋の主を乱暴に揺さぶる
それでも起きない男の頬を小さな手で乱暴にはたいた
「・・・・・ぅ・・・・・」
起こされた男はうめき声を上げうっすらと目をあけた
「・・・・・・・おっさんいうんじゃねぇ・・。酒・・・か。おめぇは・・・?」
「おいらは今日は見張りだったから呑まなかったんだっ早く起きろよっ」
夜の宴の酒に混入されていた薬のせいでまわらない頭を働かせようと男は身を起こしゆっくりあたりを見回した
「・・・・・門は・・破壊されたか・・・」
外の音に聞き耳を立て、状況を把握する
動きが鈍っている身体を重そうに動かし、男は得物をゆるゆると身に付けた
その間の見張りをするべく小さな短剣を持って入り口に張り付いている子供を片手で引っつかむ
「おっさん?」
屋敷の中の騒ぎはだんだんとこの奥の部屋にも近づいて来ていた
男は子供を窓の外へと突き出す
「・・・お・・・さん・・・?」
「身体を丸めろ。下の木の枝がお前を受け止める」
相手が自分を逃がそうとしているのに気がついて、子供は声を荒げた
「おっさんっ!おいらだって闘えるっ!」
子供の声は暗い宙に消えていく
「いい女になれよ・・・」
その声に向かって男はそう一言かけると腰の得物を抜き、きしむ扉に身構えた
顔に当たる陽にゆらりと子供は目をあける
身動きをすると揺れる場所に自分がいることに気がついてあたりを見回した
なんそうにも重なった木の枝の上、其処から見上げる崖の上に煙が上がっている
「・・・・・」
無言で唇を噛締めると子供は痛む身体を庇いつつ樹からそろそろと身体を降ろす
「おっさん・・・」
そう呟くと一人で冷たい風が吹く中ふらふらと歩き出した
その方向に町があるかさえ定かではなかった
数日後ふもとの街に小さな影が辿りついていた
痩せこけた姿がふらふらと街中を歩く
緑の茂る季節ならいざ知らず、冬の訪れるこの時期に小さな子供の手で探し出せる食料は殆どなかった
此処まで来る間、子供が口にしたのは僅かな木の実と水だけだった
陽が落ち夕餉の近い時刻だった
そこかしこから食事の美味しそうな匂いが漂ってくる
露天の店頭で持ち帰りように出来合いの食べ物が並べられていた
小さな子供のふらつく足がそれをみて止まる
頭ではいけない事だとわかっていたが、子供には抗えなかった
それほど子供は飢えていたから・・・死にそうなほどに
小さな手が隙をついて揚げ立ての食べ物を端から一つ盗み取る
それを口に入れようとしたその瞬間
大男が子供の首根っこを掴んで宙へ持ち上げた
「又かっ!」
掴む力さえなくなっていた子供のその手から食べ物は地に落ちていった
「次は二度としたくなくなる仕置きをすると言ってたのを嘘だと思っているな?!」
耳元で怒鳴る男の声さえ子供の耳には入らなかった
ぼんやりと地に落ちた食べ損ねた食べ物を子供はぼんやりと見つめていた
突然背中に激痛を感じて子供は身体が跳ねる様に動いた
背中でじゅううと焼ける音が響く
通りを歩く人が幾人か眉をしかめて足を止めたが、子供は気付かなかった
「痛いだろう!熱いだろう!これに懲りたらもう二度と盗みをするなっ!」
男が怒鳴るその向うで女の怒鳴り声が響いた
「あんたら、また店のもんに手をだしてっ!」
男が驚いたように声のほうをむく
驚きに緩んだ男の手から子供が小さな音とともに滑り落ち、その下に身体を横たえる
必死に動かそうとしたその手は子供の意思に反して動くことなく、食べ物の僅か手前で止まった
「あんたっ、そのこはこの街の子じゃないよっ!何してるんだいっ!」
男の妻らしい女の声が男を叱るとき子供の目は疲れたようにゆっくりと閉じていった
ぼんやりと目をあけると何処かの軒の下だというのに気がついた
白い靄がかかった様な意識の中あたりをゆっくりと見回すと先ほどの店の裏だと察しがついた
自分の身体にかけられた女性の上着を不思議そうに見つめていると元気な女の声が聞こえた
「目が覚めたかいっ?」
子供は小さく頷くとゆっくりと身を起こした
自分のしたことを思い出し小さく呟く
「・・・ごめん・・・」
子供は背中の痛みに一瞬息をのんで女のほうを窺い見た
「腹減ってたんだろうっ?失敗した奴だ、お食べ」
差し出された皿に載せられたものを見て子供の動きが止まる
「こっちこそ悪かったよ、とうちゃんが勘違いして一生消えない傷つけちゃったもんね」
「・・・・・・・悪いと・・・しっててやったから・・いい」
子供は小さく首を振った
「男の子かな?」
子供の顔を暫く見て女が尋ねた
暫く考える様子をしていた子供が小さく頷いた
「よかった。女の子だったらお嫁に行く先を保証しないといけないからねっ」
けらけらと笑いながら冗談らしいことをいって女は店のほうへ戻っていった
小さく溜息をつくと子供は皿の上の食べ物を手づかみでそろそろと食べ始めた
やっとのことで口にした食べ物はこの上ないご馳走だった
目に溢れる涙をこしこしと拭うと一生懸命貰った食事を口へと運んだ
久しぶりに膨らんだ腹に満足の溜息とつき、子供はぼんやりと屋台で立ち働く夫婦の姿を見ていた
仕事に忙しく声をかける隙もない夫婦の姿に小さな溜息をつくと、子供はその場をこっそりと離れた
子供のいた場所にはきちんとたたんだ上着と食べ物の入っていた皿が汚れないように木箱の上にそっと置かれていた
女がそれに気がついたときは街中の教会の十字架の上に月が止まっていた
「さぁむぅいーーー!」
白い羽を震わせてエンジェルの少女が思わず声を上げた
月光に照らされた敷地内の聖堂の扉をそっと閉める
どれだけ音を抑えても、先ほどの彼女の声のほうが遠くまで響いたはずだがそのことに気付いた様子もなかった
「こんな寒い日に忘れ物するなんてあたしのバカっ」
きれいに澄んだ声が敷地内に響く
冷え込む夜中
月明かりで必要ないと思われる灯りを消さないように、注意深く部屋へと戻りかけた少女の足がふと止まった
少女の目の先
物置小屋の戸が僅かに開いていた
几帳面なシスター達がそんな閉め方をするはずがない
そう考えた少女は手を腰にあて、仁王立ちになってその方向を睨み付けた
「あたしがやっつけてやるわっ!」
きっと泥棒が入り込んだと察した少女は握りこぶしを握り締めるとずんずんと音がするような歩きかたで歩き出した
「・・・・・」
息を潜め開いた入り口から中の様子を窺い見る
高窓から差し込む月明かりに照らされ、小屋の中は思ったより明るかった
だれもいない、そう見えたその瞬間、奥のほうでごとりと音がする
「だっだれっ!」
音に驚いて少女は思わず大声を上げて小屋の中へと踏み込んだ
薄暗い部屋の奥に、紫色の髪の毛が動いた
相手が自分より小さい子供だと気がついた少女は続けざまに声をかける
「キミ!そんなところで何やってるのよっ!」
「・・・・・るさい・・・」
少女が相手が普通じゃないのに気がついたのは、その小さな呻きにも似た声を聞いたからだった
「ちょっと、キミ、大丈夫っ!?」
「・・・・大丈夫だから・・収まったら出て行くから ・・・・あっ!・」
少女の方に小さな背を向けたその姿が苦しそうに丸くなる
その背から音を立て黒っぽい羽が弾ける様に飛び出した
あまりの出来事に息を飲み立ち尽くす少女の耳に、蹲った子供の荒い息遣いが聞こえる
「あ、あたしっ、シスター呼んでくるからっ!」
自分の手には負えないことだと判断した少女は、そう叫ぶと小屋の外へと飛び出していった
「・・・・・・」
人が来る、そう聞いた子供は痛みにうずく身体を必死の思いで動かして小屋の外へと出ようと足掻いた
「慈悲深い人の家だそうだから・・・少しの間ぐらい良いと思ったのに・・・」
荒い息遣いの下そう呟きながらやっとのことで入り口にしがみ付く
そして自分の行動に時間がかかりすぎた事に悔しそうに舌打ちを打った
先ほどのエンジェルの少女が数人のシスターを引きつれて転びそうな勢いでこちらに向かって走っていた
目を覚ますと何処かの部屋にいることに子供は気がついた
質素だけれどきちんと手入れの行き届いた部屋
ゆっくりと目を巡らせると其処に部屋の主らしいシスター姿の年配の女性が座って膝の本に目を落としていた
子供が自分を見た事に気がつくと女性はにっこりと微笑んだ
「気がついたようですね。具合はどうです?」
「・・・・・すぐ出る・・・」
「無理ですよ。まだ体力が戻っていないでしょう?」
暖かい布団とその声はずっと此処に身体を横たえていたい気にさせたが、
子供は自分の心に鞭をうってその誘惑から逃れようとした
「・・・・大丈夫。迷惑かけて・・・」
ベッドの横に立つと部屋の主に小さく頭を下げた
子供の様子に女はどうしようかという風情で膝の本を閉じ、傍らのチェストの上に置いた
「・・・あのね、行くところがないのならここにいて良いのですよ?」
女は俯いたままの子供にそういった
言い聞かせるように子供の顔を覗きこむようにして女は続けた
「ここは行く所のない子供達の生活をする場でもあるのです」
その言葉に思い出したように子供は顔を上げた
「・・・・・あの天使の女の子・・・・?」
「ええ。あなたを見つけたカティオラもここで生活をしているこの一人ですよ」
そのまま黙り込んだ子供を温かい目で見つめ女は子供の返事を待った
「・・・・・動くのがしんどくなくなるまで・・・」
小さな声で子供が渋々といった承諾の言葉を言うのを聞いて女の口元がほころんだ
「ええ、もちろんですよ。あなたの行く先が見つかるまでここで生活をね・・?」
何かを言いかけて女は思いついたように胸元で手を合わせた
「あなたの名前を聞いていませんでしたね。私はモーリア。此処の院長をしています。」
自己紹介をすると女は促すように子供の戸惑った顔を見つめた
「・・・小僧とか、ちびすけとか・・」
「それは呼び名でしょう?名は・・?」
「一番昔に呼ばれていたのは・・・Victimとか・・・」
「・・・・・・・・」
子供の言葉に何を思ったのか女は黙り込んだ
「ねぇ」
黙り込んだ女に子供は小さな声で呼びかけた
返事のかわりに微笑んで首をかしげた女に子供は俯いたまま問いかける
「此処は神様とかのうちなんだろう?」
「・・・ある意味そうですね。それがどうかしましたか?」
「おいら、前に神様を怒らせたんだ・・。だからここにいちゃいけないと思う」
子供の言葉に納得したような顔をして女は暖かい手で子供の頭をそっと撫でた
「此処の神様はその違います。あなたを怒ったりしませんよ」
小さく横に首を振る子供に女はふと顔を上げた
「・・・・・ええとね、さっきからハーブの香りがするのだけれど、あなた何か匂い袋でも持っているのかしら?」
女の言葉にはえたばかりの子供の羽が驚いたようにぴくりと動く
「・・・・?」
怪訝そうな顔の女に子供の声はますます小さくなる
「・・・・ごめん・・たぶん、おいらの・・・匂い・・・」
「まぁ!身体から花の匂いがするなんてなんて素敵なんでしょう」
女は確かめるように子供を抱きしめた
「本当によい香り・・・そうね、私が新しい呼び名を付けてあげましょう」
膝を突いて子供と同じ視線の高さになった女が困惑した子供の頬を撫でた
「ラヴェンディラというのはどうですか?あなたと同じ香りのする草の名前です」
「花や草の名前なんて女みたいで嫌だ・・・」
子供が女の子だと知っていたが、女はそれには触れずに微笑んだ
「小僧やちびすけとか・・・”犠牲”などよりはるかに良いと思いますよ」
ふてくされた子供を抱きしめ、背の羽を撫でながら女は子供に言い聞かせるように言った
「私の好きな花の一つですよ、ラヴェンディラ」
「このお金はどうしたの?」
カティオラは扉の前で足を止めた
(あー嫌だ、またヒスシスターが誰かをいじめてるー)
そのまま扉にそっと耳を近付ける
子供達が影でヒステリーおばさんと呼んでいるシスターの声が部屋の中で響いていた
「おいらのだよ」
「あなたが此処へ来た時には一文無しだったのはみんな知っています
どこから手に入れたのかおっしゃい 」
キンキンと響く声に眉をしかめながらカティオラは中の様子に聞き耳を立てた
「働いたんだ」
「此処の子供達は労働をしてもお金を貰うことなんかありません
どこから手に入れたんですか 」
だんだんと甲高くなっていくシスターの声に反して、応対している子供の声は淡々としている
(あの子だ・・んもう、あの人新しい子を見るとすぐいじめるんだからっ)
新しく入った子供を助けようとカティオラが扉に手をかけたとき、子供の声がぼそりと呟いた
「シスターでも子供の私物は見ないと、おいら聞いたんだけど・・・」
―――ぴしゃん!
「おだまんなさいっ!さぁ、誰から盗んだのかさっさといいなさいっ!」
肉をはたく音に続いて女の甲高い声が堰を切ったようにわめき始めた
(痛いところ突かれたから切れたんだわ・・)
カティオラは一瞬部屋に入るのを躊躇った
ああなるとあのシスターは誰の手にも負えなくなるのだ
(わ~ん、誰か通りかかってよー)
音を立てないように地団太を踏みながらエンジェルは辺りを見回すが、そう都合よく誰かがくるはずもなく
部屋の中で女の怒鳴り声はますます高くなっていった
「大体ね、人の目をきちんと見て言えないなんて、やましいことがあるに決まってるんだっ!」
言葉遣いもとてもシスターとは思えなくなってきている女に対する子供の声はあくまで淡々としていた
「おいらは人の目の奥を見ちゃいけないらしい」
「正直な人は人の目を見つめて話すのよっ!さぁ、目を開けて、誰からこのお金を盗ったか言うのよっ!」
部屋の中から柔らかい何かを硬いものにぶつけるような音が響く
(椅子に叩きつけられてるのかしら、助けないと)
再びカティオラが扉の取っ手に手をかけたとき子供の声が静かに響いた
「・・・言っとくけど、見たがったのはそっちだからな 責任は自分にあるんだぞ?」
「何を・・・さぁ・・・・・」
女の声が途切れたと思ったとたん、今までのわめき声よりも更に高く女の悲鳴が響いた
カティオラは今度は迷わず扉をあける
目の前に痣だらけの子供が部屋の隅を冷たく見つめていた
その視線の先を追うと、悲鳴を上げ続け頭を抱え縮こまるシスターの姿があった
「・・・・一体・・?」
「おいらの目の奥を見たからだろ・・・」
「それだけで、なんで・・」
子供を助けるために入ったはずのカティオラはシスターへと近づきかけた
「いやーーー!!こないで!!」
絶叫を上げるシスターの姿にカティオラの足はそこで止まる
「大抵のもんはおいらの目の奥覗くとそうなる」
響き渡る悲鳴に慌しい足音がこの部屋へと向かっていた
子供はそれを窺うように扉の方に視線を移した
シスターの悲鳴は止まったものの小さく怯えた様子は止まることがなかった
「何事です?」
騒ぎの固まりになった部屋の入り口で院長の静かな声が響いた
「目を見て盗ってない金を盗ったと言えといわれた」
それははしょりすぎでしょ、と子供の淡々とした説明にカティオラは心の中で突っ込みを入れる
「おいらの目、覗いちゃダメらしいって言ったんだけどな」
責任はあっちにあるというがごとく、こどもは隅ですくむシスターの方を見た
カティオラが近寄ることさえ拒んだ女は、院長が近寄ってくるとすがるように抱きついた
「目・・・ですか」
片手で十字架を握り締め、怯える女の背中をなでながら院長はポツリと呟いた
「院長様、この子、殴られてるんですよっ」
子供を庇おうと聞いてたことを話そうとするカティオラの声が聞こえないかのように、院長は怯える女から離れると、子供の手を取ってそこに膝まづいた
「・・・・・・・・・・・・・・鏡・・・よ」
あまりにも小さい声でそばにいるカティオラさえ聞き取れない呟き
何とか聞き取れた言葉の殆どは古い言葉で意味もわからず、何とかわかったのは鏡という言葉だけだった
院長の呟きが終わると同時に子供の様子が変化した
黙ったまま天空を見つめるその子供の目を、立ち上がった院長はそっとのぞきこんだ
「院長様っ?!」
尊敬する院長に何かあってはと近づきかけたカティオラを院長は片手を挙げて止める
「・・・・・・答えを手に入れたわ・・カティオラ、このこの羽根を一枚抜いてくれる?」
何が起こったのかわからず、言われるままカティオラは羽根をそっと抜いて院長に手渡した
「ちょっとね、ラヴェンディラを見てて頂戴ね」
羽根を受け取ると、院長は怯える女のほうへと近寄る
「さぁ、その悪夢を消してしまいましょうね」
怯える女の目を頭を身体をそっと羽根でなでていく
院長が離れると呆然としたシスターがそこに座り込んでいた
「・・・シスターミリア。何を見たのか私にはわかりません。ただあなたの見たものはあなたの中にいるものですよ。わかりますか?」
院長の言葉に呆然としていたシスターの表情が驚愕に染まる
状況が飲み込めず子供を抱えていたカティオラは何かに突き飛ばされてしりもちをついた
振り返ると怒り狂った形相の子供が院長を睨みつけていた
「今、おいらに何をした」
「・・・あなたの力を借りました」
静かな院長の声にも子供の怒りは収まる様子はなかった
「おいらを、消そうとしただろう」
「神の力を借りて、あなたから答えを頂いたのです」
「おいらを消そうとした! 信じてたのに!」
院長の声は子供の耳に入っているようには見えなかった
「院長はキミを助けようとしたのよ」
状況がわからないながらも、カティオラはその場をとりなそうと声をかける
「おいらを消そうと!」
急激な魔力の高まりを感じ取りその場にいたものが伏せると同時に、子供の周りで電気を帯びた爆発が起こった
崩れ落ちた窓から子供は走り出る
「ちょっと、此処は二階っ」
言いかけて窓に走りよるカティオラの目の前を紺色の翼が横切り天空へ消えていく
「・・・・あの子、誤解したまま・・」
背後に無念そうに呟く院長の声を聞き、カティオラは振り返る
「あたし、よくわからないんですけど・・」
無言で微笑むと院長はカティオラの頭をそっとなでた
その目は雪の降る天空を見えなくなった子供の姿を探して彷徨っていた
通りを駆け抜ける小さな影に店の女将は声をかけた
「よっ!何処行くんだい?教会のお使いかい?」
驚くように振り返った子供の表情がいつもの様子ではないことに気がつき、店の裏手に引きずり込む
「どうしたんだい?!誰かにいじめられたのかい?!」
女の言葉に子供は驚いたように女の顔を見上げた
その目に涙が盛り上がり流れたが、子供は乱暴にそれを袖で擦った
再び見上げたその顔は照れたように笑顔を見せていた
「ねぇ、これ受け取ってくれないかな・・?」
女の手を掴むと子供はポケットから何かを取り出しその手の中に落とした
ちゃらちゃらという金属音
「・・・これは・・?」
女の怪訝そうな声に子供は目をそらす
「・・・あんたあそこの店、よく覗いてたよね・・」
そういって通りの角の店を子供は顎で指し示した
怪訝そうな顔の女に笑顔を向けると子供はポツリと呟いた
「あの赤いショール・・・きっと似合うよ?」
あの服飾店の暖かそうなショール
ぽんと買うには値段が張りすぎてこっそりへそくりを貯めつつ、覗いては溜息をついていた
いつ見られていたんだろう
旦那でさえ気付きもしないというのに
そしてこの手の中の金は・・・
女のもの言いたげな顔に子供は再び笑顔を向ける
「買って上げたかったんだ。 あん時の礼は受け取ってもらえないだろうから、せめてと思ってさ・・・」
あのとき
この子供を助けたときに差し出した店の品物の値段に比べ、女の手の中の貨幣ははるかに越えていた
「・・・気持ちだけで十分だから・・これはあんたがとっておくんだ。あれはあたしのへそくりで買うんだから・・・」
子供の手を取って返そうとすると、子供は手を後ろに組んでそれを拒んだ
「やっぱり貯めてたんだ。その中にそれも入れてくれ。ちゃんとした金だよ。院長に頼んで余分な仕事をもらってそのかわりにもらったんだ。理由を聞いたらおっけいしてくれてさ・・だから安心して受け取って」
言いよどむように子供は言葉を切って俯いた
「おいら・・もういかないといけないみたいだから・・・」
小さな囁き声に女が聞き返そうとしたとき
元気の良い少女の声が響き渡った
「見つけたわよっ!!!」
建物の影から白い翼の少女が飛び出してきた
「あんた・・?」
こちらへ向かってくる少女と、自分のそばにいる子供を交互に見比べ女は戸惑った声を子供にかけた
「・・・よくしてくれてありがとう・・・」
子供はふわりと女の首を抱くと小さく呟きその場を駆け出した
その後を追い天使の少女が駆け抜けていくとき、女は子供にもう会えないのだと気がついた
こんなお金なんて・・
「・・・オイ!どうした?」
自分の夫が声をかけるまで、女は自分が泣いていることに気がつかなかった
「・・・なんでもないよ・・そう、なんでも」
女の言葉は嗚咽にとかわった
人ごみに紛れ街の門を軽々と越えていく姿にカティオラは叫んだ
「待ちなさいよっ!ちゃんと院長様のお話を聞きなさいっ!」
遠く離れた先で子供が立ち止まりゆらりと振り返った
「・・・おいらを消す理由を?」
小さい声だったがはっきりと聞こえたその声に再びカティオラは確信がもてないまま怒鳴った
「誤解なのよ!」
「・・・・どんな理由であれ結果は同じなんだろう?
神様はカティオラみたいなきれいな子が大事なんだ・・」
子供のいってる綺麗が見目の事ではないのは気がついた
「・・・生きているから神様が怒ってるんだ、わかってるんだけど・・おいらはまだ・・」
子供の向けた目にカティオラは言葉を失った
背をむけ去っていく子供にこらえきれず少女は叫んだ
「絶対!いつか捕まえて!話を聞かせるからねっ!」
「聞いてやらないから忘れなよ」
去っていく背に少女が燃えるような目で決意を固めているのに子供は気がつかなかった
騒ぎの中紫の髪をした子供が奥へと駆け出した
入り口の方では門を破壊しようとする大きな音が鳴り響いている
走りついた奥の部屋を乱暴に開ける
「おっさんっ!」
寝台で死んだように眠っている部屋の主を乱暴に揺さぶる
それでも起きない男の頬を小さな手で乱暴にはたいた
「・・・・・ぅ・・・・・」
起こされた男はうめき声を上げうっすらと目をあけた
「・・・・・・・おっさんいうんじゃねぇ・・。酒・・・か。おめぇは・・・?」
「おいらは今日は見張りだったから呑まなかったんだっ早く起きろよっ」
夜の宴の酒に混入されていた薬のせいでまわらない頭を働かせようと男は身を起こしゆっくりあたりを見回した
「・・・・・門は・・破壊されたか・・・」
外の音に聞き耳を立て、状況を把握する
動きが鈍っている身体を重そうに動かし、男は得物をゆるゆると身に付けた
その間の見張りをするべく小さな短剣を持って入り口に張り付いている子供を片手で引っつかむ
「おっさん?」
屋敷の中の騒ぎはだんだんとこの奥の部屋にも近づいて来ていた
男は子供を窓の外へと突き出す
「・・・お・・・さん・・・?」
「身体を丸めろ。下の木の枝がお前を受け止める」
相手が自分を逃がそうとしているのに気がついて、子供は声を荒げた
「おっさんっ!おいらだって闘えるっ!」
子供の声は暗い宙に消えていく
「いい女になれよ・・・」
その声に向かって男はそう一言かけると腰の得物を抜き、きしむ扉に身構えた
顔に当たる陽にゆらりと子供は目をあける
身動きをすると揺れる場所に自分がいることに気がついてあたりを見回した
なんそうにも重なった木の枝の上、其処から見上げる崖の上に煙が上がっている
「・・・・・」
無言で唇を噛締めると子供は痛む身体を庇いつつ樹からそろそろと身体を降ろす
「おっさん・・・」
そう呟くと一人で冷たい風が吹く中ふらふらと歩き出した
その方向に町があるかさえ定かではなかった
数日後ふもとの街に小さな影が辿りついていた
痩せこけた姿がふらふらと街中を歩く
緑の茂る季節ならいざ知らず、冬の訪れるこの時期に小さな子供の手で探し出せる食料は殆どなかった
此処まで来る間、子供が口にしたのは僅かな木の実と水だけだった
陽が落ち夕餉の近い時刻だった
そこかしこから食事の美味しそうな匂いが漂ってくる
露天の店頭で持ち帰りように出来合いの食べ物が並べられていた
小さな子供のふらつく足がそれをみて止まる
頭ではいけない事だとわかっていたが、子供には抗えなかった
それほど子供は飢えていたから・・・死にそうなほどに
小さな手が隙をついて揚げ立ての食べ物を端から一つ盗み取る
それを口に入れようとしたその瞬間
大男が子供の首根っこを掴んで宙へ持ち上げた
「又かっ!」
掴む力さえなくなっていた子供のその手から食べ物は地に落ちていった
「次は二度としたくなくなる仕置きをすると言ってたのを嘘だと思っているな?!」
耳元で怒鳴る男の声さえ子供の耳には入らなかった
ぼんやりと地に落ちた食べ損ねた食べ物を子供はぼんやりと見つめていた
突然背中に激痛を感じて子供は身体が跳ねる様に動いた
背中でじゅううと焼ける音が響く
通りを歩く人が幾人か眉をしかめて足を止めたが、子供は気付かなかった
「痛いだろう!熱いだろう!これに懲りたらもう二度と盗みをするなっ!」
男が怒鳴るその向うで女の怒鳴り声が響いた
「あんたら、また店のもんに手をだしてっ!」
男が驚いたように声のほうをむく
驚きに緩んだ男の手から子供が小さな音とともに滑り落ち、その下に身体を横たえる
必死に動かそうとしたその手は子供の意思に反して動くことなく、食べ物の僅か手前で止まった
「あんたっ、そのこはこの街の子じゃないよっ!何してるんだいっ!」
男の妻らしい女の声が男を叱るとき子供の目は疲れたようにゆっくりと閉じていった
ぼんやりと目をあけると何処かの軒の下だというのに気がついた
白い靄がかかった様な意識の中あたりをゆっくりと見回すと先ほどの店の裏だと察しがついた
自分の身体にかけられた女性の上着を不思議そうに見つめていると元気な女の声が聞こえた
「目が覚めたかいっ?」
子供は小さく頷くとゆっくりと身を起こした
自分のしたことを思い出し小さく呟く
「・・・ごめん・・・」
子供は背中の痛みに一瞬息をのんで女のほうを窺い見た
「腹減ってたんだろうっ?失敗した奴だ、お食べ」
差し出された皿に載せられたものを見て子供の動きが止まる
「こっちこそ悪かったよ、とうちゃんが勘違いして一生消えない傷つけちゃったもんね」
「・・・・・・・悪いと・・・しっててやったから・・いい」
子供は小さく首を振った
「男の子かな?」
子供の顔を暫く見て女が尋ねた
暫く考える様子をしていた子供が小さく頷いた
「よかった。女の子だったらお嫁に行く先を保証しないといけないからねっ」
けらけらと笑いながら冗談らしいことをいって女は店のほうへ戻っていった
小さく溜息をつくと子供は皿の上の食べ物を手づかみでそろそろと食べ始めた
やっとのことで口にした食べ物はこの上ないご馳走だった
目に溢れる涙をこしこしと拭うと一生懸命貰った食事を口へと運んだ
久しぶりに膨らんだ腹に満足の溜息とつき、子供はぼんやりと屋台で立ち働く夫婦の姿を見ていた
仕事に忙しく声をかける隙もない夫婦の姿に小さな溜息をつくと、子供はその場をこっそりと離れた
子供のいた場所にはきちんとたたんだ上着と食べ物の入っていた皿が汚れないように木箱の上にそっと置かれていた
女がそれに気がついたときは街中の教会の十字架の上に月が止まっていた
「さぁむぅいーーー!」
白い羽を震わせてエンジェルの少女が思わず声を上げた
月光に照らされた敷地内の聖堂の扉をそっと閉める
どれだけ音を抑えても、先ほどの彼女の声のほうが遠くまで響いたはずだがそのことに気付いた様子もなかった
「こんな寒い日に忘れ物するなんてあたしのバカっ」
きれいに澄んだ声が敷地内に響く
冷え込む夜中
月明かりで必要ないと思われる灯りを消さないように、注意深く部屋へと戻りかけた少女の足がふと止まった
少女の目の先
物置小屋の戸が僅かに開いていた
几帳面なシスター達がそんな閉め方をするはずがない
そう考えた少女は手を腰にあて、仁王立ちになってその方向を睨み付けた
「あたしがやっつけてやるわっ!」
きっと泥棒が入り込んだと察した少女は握りこぶしを握り締めるとずんずんと音がするような歩きかたで歩き出した
「・・・・・」
息を潜め開いた入り口から中の様子を窺い見る
高窓から差し込む月明かりに照らされ、小屋の中は思ったより明るかった
だれもいない、そう見えたその瞬間、奥のほうでごとりと音がする
「だっだれっ!」
音に驚いて少女は思わず大声を上げて小屋の中へと踏み込んだ
薄暗い部屋の奥に、紫色の髪の毛が動いた
相手が自分より小さい子供だと気がついた少女は続けざまに声をかける
「キミ!そんなところで何やってるのよっ!」
「・・・・・るさい・・・」
少女が相手が普通じゃないのに気がついたのは、その小さな呻きにも似た声を聞いたからだった
「ちょっと、キミ、大丈夫っ!?」
「・・・・大丈夫だから・・収まったら出て行くから ・・・・あっ!・」
少女の方に小さな背を向けたその姿が苦しそうに丸くなる
その背から音を立て黒っぽい羽が弾ける様に飛び出した
あまりの出来事に息を飲み立ち尽くす少女の耳に、蹲った子供の荒い息遣いが聞こえる
「あ、あたしっ、シスター呼んでくるからっ!」
自分の手には負えないことだと判断した少女は、そう叫ぶと小屋の外へと飛び出していった
「・・・・・・」
人が来る、そう聞いた子供は痛みにうずく身体を必死の思いで動かして小屋の外へと出ようと足掻いた
「慈悲深い人の家だそうだから・・・少しの間ぐらい良いと思ったのに・・・」
荒い息遣いの下そう呟きながらやっとのことで入り口にしがみ付く
そして自分の行動に時間がかかりすぎた事に悔しそうに舌打ちを打った
先ほどのエンジェルの少女が数人のシスターを引きつれて転びそうな勢いでこちらに向かって走っていた
目を覚ますと何処かの部屋にいることに子供は気がついた
質素だけれどきちんと手入れの行き届いた部屋
ゆっくりと目を巡らせると其処に部屋の主らしいシスター姿の年配の女性が座って膝の本に目を落としていた
子供が自分を見た事に気がつくと女性はにっこりと微笑んだ
「気がついたようですね。具合はどうです?」
「・・・・・すぐ出る・・・」
「無理ですよ。まだ体力が戻っていないでしょう?」
暖かい布団とその声はずっと此処に身体を横たえていたい気にさせたが、
子供は自分の心に鞭をうってその誘惑から逃れようとした
「・・・・大丈夫。迷惑かけて・・・」
ベッドの横に立つと部屋の主に小さく頭を下げた
子供の様子に女はどうしようかという風情で膝の本を閉じ、傍らのチェストの上に置いた
「・・・あのね、行くところがないのならここにいて良いのですよ?」
女は俯いたままの子供にそういった
言い聞かせるように子供の顔を覗きこむようにして女は続けた
「ここは行く所のない子供達の生活をする場でもあるのです」
その言葉に思い出したように子供は顔を上げた
「・・・・・あの天使の女の子・・・・?」
「ええ。あなたを見つけたカティオラもここで生活をしているこの一人ですよ」
そのまま黙り込んだ子供を温かい目で見つめ女は子供の返事を待った
「・・・・・動くのがしんどくなくなるまで・・・」
小さな声で子供が渋々といった承諾の言葉を言うのを聞いて女の口元がほころんだ
「ええ、もちろんですよ。あなたの行く先が見つかるまでここで生活をね・・?」
何かを言いかけて女は思いついたように胸元で手を合わせた
「あなたの名前を聞いていませんでしたね。私はモーリア。此処の院長をしています。」
自己紹介をすると女は促すように子供の戸惑った顔を見つめた
「・・・小僧とか、ちびすけとか・・」
「それは呼び名でしょう?名は・・?」
「一番昔に呼ばれていたのは・・・Victimとか・・・」
「・・・・・・・・」
子供の言葉に何を思ったのか女は黙り込んだ
「ねぇ」
黙り込んだ女に子供は小さな声で呼びかけた
返事のかわりに微笑んで首をかしげた女に子供は俯いたまま問いかける
「此処は神様とかのうちなんだろう?」
「・・・ある意味そうですね。それがどうかしましたか?」
「おいら、前に神様を怒らせたんだ・・。だからここにいちゃいけないと思う」
子供の言葉に納得したような顔をして女は暖かい手で子供の頭をそっと撫でた
「此処の神様はその違います。あなたを怒ったりしませんよ」
小さく横に首を振る子供に女はふと顔を上げた
「・・・・・ええとね、さっきからハーブの香りがするのだけれど、あなた何か匂い袋でも持っているのかしら?」
女の言葉にはえたばかりの子供の羽が驚いたようにぴくりと動く
「・・・・?」
怪訝そうな顔の女に子供の声はますます小さくなる
「・・・・ごめん・・たぶん、おいらの・・・匂い・・・」
「まぁ!身体から花の匂いがするなんてなんて素敵なんでしょう」
女は確かめるように子供を抱きしめた
「本当によい香り・・・そうね、私が新しい呼び名を付けてあげましょう」
膝を突いて子供と同じ視線の高さになった女が困惑した子供の頬を撫でた
「ラヴェンディラというのはどうですか?あなたと同じ香りのする草の名前です」
「花や草の名前なんて女みたいで嫌だ・・・」
子供が女の子だと知っていたが、女はそれには触れずに微笑んだ
「小僧やちびすけとか・・・”犠牲”などよりはるかに良いと思いますよ」
ふてくされた子供を抱きしめ、背の羽を撫でながら女は子供に言い聞かせるように言った
「私の好きな花の一つですよ、ラヴェンディラ」
「このお金はどうしたの?」
カティオラは扉の前で足を止めた
(あー嫌だ、またヒスシスターが誰かをいじめてるー)
そのまま扉にそっと耳を近付ける
子供達が影でヒステリーおばさんと呼んでいるシスターの声が部屋の中で響いていた
「おいらのだよ」
「あなたが此処へ来た時には一文無しだったのはみんな知っています
どこから手に入れたのかおっしゃい 」
キンキンと響く声に眉をしかめながらカティオラは中の様子に聞き耳を立てた
「働いたんだ」
「此処の子供達は労働をしてもお金を貰うことなんかありません
どこから手に入れたんですか 」
だんだんと甲高くなっていくシスターの声に反して、応対している子供の声は淡々としている
(あの子だ・・んもう、あの人新しい子を見るとすぐいじめるんだからっ)
新しく入った子供を助けようとカティオラが扉に手をかけたとき、子供の声がぼそりと呟いた
「シスターでも子供の私物は見ないと、おいら聞いたんだけど・・・」
―――ぴしゃん!
「おだまんなさいっ!さぁ、誰から盗んだのかさっさといいなさいっ!」
肉をはたく音に続いて女の甲高い声が堰を切ったようにわめき始めた
(痛いところ突かれたから切れたんだわ・・)
カティオラは一瞬部屋に入るのを躊躇った
ああなるとあのシスターは誰の手にも負えなくなるのだ
(わ~ん、誰か通りかかってよー)
音を立てないように地団太を踏みながらエンジェルは辺りを見回すが、そう都合よく誰かがくるはずもなく
部屋の中で女の怒鳴り声はますます高くなっていった
「大体ね、人の目をきちんと見て言えないなんて、やましいことがあるに決まってるんだっ!」
言葉遣いもとてもシスターとは思えなくなってきている女に対する子供の声はあくまで淡々としていた
「おいらは人の目の奥を見ちゃいけないらしい」
「正直な人は人の目を見つめて話すのよっ!さぁ、目を開けて、誰からこのお金を盗ったか言うのよっ!」
部屋の中から柔らかい何かを硬いものにぶつけるような音が響く
(椅子に叩きつけられてるのかしら、助けないと)
再びカティオラが扉の取っ手に手をかけたとき子供の声が静かに響いた
「・・・言っとくけど、見たがったのはそっちだからな 責任は自分にあるんだぞ?」
「何を・・・さぁ・・・・・」
女の声が途切れたと思ったとたん、今までのわめき声よりも更に高く女の悲鳴が響いた
カティオラは今度は迷わず扉をあける
目の前に痣だらけの子供が部屋の隅を冷たく見つめていた
その視線の先を追うと、悲鳴を上げ続け頭を抱え縮こまるシスターの姿があった
「・・・・一体・・?」
「おいらの目の奥を見たからだろ・・・」
「それだけで、なんで・・」
子供を助けるために入ったはずのカティオラはシスターへと近づきかけた
「いやーーー!!こないで!!」
絶叫を上げるシスターの姿にカティオラの足はそこで止まる
「大抵のもんはおいらの目の奥覗くとそうなる」
響き渡る悲鳴に慌しい足音がこの部屋へと向かっていた
子供はそれを窺うように扉の方に視線を移した
シスターの悲鳴は止まったものの小さく怯えた様子は止まることがなかった
「何事です?」
騒ぎの固まりになった部屋の入り口で院長の静かな声が響いた
「目を見て盗ってない金を盗ったと言えといわれた」
それははしょりすぎでしょ、と子供の淡々とした説明にカティオラは心の中で突っ込みを入れる
「おいらの目、覗いちゃダメらしいって言ったんだけどな」
責任はあっちにあるというがごとく、こどもは隅ですくむシスターの方を見た
カティオラが近寄ることさえ拒んだ女は、院長が近寄ってくるとすがるように抱きついた
「目・・・ですか」
片手で十字架を握り締め、怯える女の背中をなでながら院長はポツリと呟いた
「院長様、この子、殴られてるんですよっ」
子供を庇おうと聞いてたことを話そうとするカティオラの声が聞こえないかのように、院長は怯える女から離れると、子供の手を取ってそこに膝まづいた
「・・・・・・・・・・・・・・鏡・・・よ」
あまりにも小さい声でそばにいるカティオラさえ聞き取れない呟き
何とか聞き取れた言葉の殆どは古い言葉で意味もわからず、何とかわかったのは鏡という言葉だけだった
院長の呟きが終わると同時に子供の様子が変化した
黙ったまま天空を見つめるその子供の目を、立ち上がった院長はそっとのぞきこんだ
「院長様っ?!」
尊敬する院長に何かあってはと近づきかけたカティオラを院長は片手を挙げて止める
「・・・・・・答えを手に入れたわ・・カティオラ、このこの羽根を一枚抜いてくれる?」
何が起こったのかわからず、言われるままカティオラは羽根をそっと抜いて院長に手渡した
「ちょっとね、ラヴェンディラを見てて頂戴ね」
羽根を受け取ると、院長は怯える女のほうへと近寄る
「さぁ、その悪夢を消してしまいましょうね」
怯える女の目を頭を身体をそっと羽根でなでていく
院長が離れると呆然としたシスターがそこに座り込んでいた
「・・・シスターミリア。何を見たのか私にはわかりません。ただあなたの見たものはあなたの中にいるものですよ。わかりますか?」
院長の言葉に呆然としていたシスターの表情が驚愕に染まる
状況が飲み込めず子供を抱えていたカティオラは何かに突き飛ばされてしりもちをついた
振り返ると怒り狂った形相の子供が院長を睨みつけていた
「今、おいらに何をした」
「・・・あなたの力を借りました」
静かな院長の声にも子供の怒りは収まる様子はなかった
「おいらを、消そうとしただろう」
「神の力を借りて、あなたから答えを頂いたのです」
「おいらを消そうとした! 信じてたのに!」
院長の声は子供の耳に入っているようには見えなかった
「院長はキミを助けようとしたのよ」
状況がわからないながらも、カティオラはその場をとりなそうと声をかける
「おいらを消そうと!」
急激な魔力の高まりを感じ取りその場にいたものが伏せると同時に、子供の周りで電気を帯びた爆発が起こった
崩れ落ちた窓から子供は走り出る
「ちょっと、此処は二階っ」
言いかけて窓に走りよるカティオラの目の前を紺色の翼が横切り天空へ消えていく
「・・・・あの子、誤解したまま・・」
背後に無念そうに呟く院長の声を聞き、カティオラは振り返る
「あたし、よくわからないんですけど・・」
無言で微笑むと院長はカティオラの頭をそっとなでた
その目は雪の降る天空を見えなくなった子供の姿を探して彷徨っていた
通りを駆け抜ける小さな影に店の女将は声をかけた
「よっ!何処行くんだい?教会のお使いかい?」
驚くように振り返った子供の表情がいつもの様子ではないことに気がつき、店の裏手に引きずり込む
「どうしたんだい?!誰かにいじめられたのかい?!」
女の言葉に子供は驚いたように女の顔を見上げた
その目に涙が盛り上がり流れたが、子供は乱暴にそれを袖で擦った
再び見上げたその顔は照れたように笑顔を見せていた
「ねぇ、これ受け取ってくれないかな・・?」
女の手を掴むと子供はポケットから何かを取り出しその手の中に落とした
ちゃらちゃらという金属音
「・・・これは・・?」
女の怪訝そうな声に子供は目をそらす
「・・・あんたあそこの店、よく覗いてたよね・・」
そういって通りの角の店を子供は顎で指し示した
怪訝そうな顔の女に笑顔を向けると子供はポツリと呟いた
「あの赤いショール・・・きっと似合うよ?」
あの服飾店の暖かそうなショール
ぽんと買うには値段が張りすぎてこっそりへそくりを貯めつつ、覗いては溜息をついていた
いつ見られていたんだろう
旦那でさえ気付きもしないというのに
そしてこの手の中の金は・・・
女のもの言いたげな顔に子供は再び笑顔を向ける
「買って上げたかったんだ。 あん時の礼は受け取ってもらえないだろうから、せめてと思ってさ・・・」
あのとき
この子供を助けたときに差し出した店の品物の値段に比べ、女の手の中の貨幣ははるかに越えていた
「・・・気持ちだけで十分だから・・これはあんたがとっておくんだ。あれはあたしのへそくりで買うんだから・・・」
子供の手を取って返そうとすると、子供は手を後ろに組んでそれを拒んだ
「やっぱり貯めてたんだ。その中にそれも入れてくれ。ちゃんとした金だよ。院長に頼んで余分な仕事をもらってそのかわりにもらったんだ。理由を聞いたらおっけいしてくれてさ・・だから安心して受け取って」
言いよどむように子供は言葉を切って俯いた
「おいら・・もういかないといけないみたいだから・・・」
小さな囁き声に女が聞き返そうとしたとき
元気の良い少女の声が響き渡った
「見つけたわよっ!!!」
建物の影から白い翼の少女が飛び出してきた
「あんた・・?」
こちらへ向かってくる少女と、自分のそばにいる子供を交互に見比べ女は戸惑った声を子供にかけた
「・・・よくしてくれてありがとう・・・」
子供はふわりと女の首を抱くと小さく呟きその場を駆け出した
その後を追い天使の少女が駆け抜けていくとき、女は子供にもう会えないのだと気がついた
こんなお金なんて・・
「・・・オイ!どうした?」
自分の夫が声をかけるまで、女は自分が泣いていることに気がつかなかった
「・・・なんでもないよ・・そう、なんでも」
女の言葉は嗚咽にとかわった
人ごみに紛れ街の門を軽々と越えていく姿にカティオラは叫んだ
「待ちなさいよっ!ちゃんと院長様のお話を聞きなさいっ!」
遠く離れた先で子供が立ち止まりゆらりと振り返った
「・・・おいらを消す理由を?」
小さい声だったがはっきりと聞こえたその声に再びカティオラは確信がもてないまま怒鳴った
「誤解なのよ!」
「・・・・どんな理由であれ結果は同じなんだろう?
神様はカティオラみたいなきれいな子が大事なんだ・・」
子供のいってる綺麗が見目の事ではないのは気がついた
「・・・生きているから神様が怒ってるんだ、わかってるんだけど・・おいらはまだ・・」
子供の向けた目にカティオラは言葉を失った
背をむけ去っていく子供にこらえきれず少女は叫んだ
「絶対!いつか捕まえて!話を聞かせるからねっ!」
「聞いてやらないから忘れなよ」
去っていく背に少女が燃えるような目で決意を固めているのに子供は気がつかなかった
■
生い立ち
2011/02/25 (Fri)
OLに来る前の生活状況になりますか
その一部というか
でも多分確か
一番最初に書いたのがこれじゃあなかったかと思う
その一部というか
でも多分確か
一番最初に書いたのがこれじゃあなかったかと思う
―――どすん!!
安宿の壁に闇天の小さな子供の身体が叩き付けられた。下に滑り落ちたその身体は暫く動くことが無かったが。やがてむせるように身を折り咳き込んだ。
「お前があの時失敗しなかったら!今日はもっといい宿に!」
酒で顔を赤くした若い男は床に小さくなった闇天に指を突きつけつつそうわめき続けた。
暫くして。大人しくしている相手にわめくのに疲れたらしく、ふらつく足で男はベッドに向かい転がった。床にまるまって身動きしなかった闇天の子供はゆっくりと身を起こす。
ベッドで鼾をかいて寝ている男はこの町に来る前に知り合った相手だった。賞金稼ぎをしているという男の目標物の気を逸らすのを頼まれたのだったが、その一瞬ではこの男は仕留めることが出来なかったのだ。相手の言うことが間違っているのは知っていたが、あえて指摘する気にもならなかった。
(しかたない。次の時は目標を気絶させるか・・)
身体の痛むところをさすりつつ、ふらつく足で部屋に置かれたテーブルに向かう。
(腹減った・・)
テーブルにあるのは蓋の開いた数本の酒瓶だけ。闇天の子供は背伸びをすると瓶を集め、グラスに中身をあける。乱暴に飲み捨てたらしい瓶を集めると、グラスを満たすほどの酒が集まった。闇天の子供は小さな手で、そっと大事そうに抱えると入り口のそばへ行き、座り込んでちびちびと飲み始めた。
(弱いのが入り口を護る・・・)
今の連れに会う前に教わったことを忠実に守っていた。もとより、この部屋の主が、この子供にたった一つのベッドを譲るわけなど無いのだが。子供はグラスを大事そうにあけると、其処に蹲り自らの肩を抱きまどろんだ。男の鼾からすると昼前までは眠ることが出来そうだった。
夜はいつも酒場になる宿屋の下も、昼間は食事の取れる店だった。バイキング形式らしく料理の並ぶカウンターに何人もの大人が群れている。自分の身体では踏み潰されるか誰かを転ばすかだと心得て子供は近くの席にひっそりと座っていた。カウンターの向こうで店の店員らしい女が自分に向かって手招きしているのに気づいて小さく小首を傾げた。尚も笑顔で手招きをする女に、食料を確保し人の群れから離脱した連れを気にしつつ近づいた。
「あんた、連れは?」
女の問いに小さく頭をかしげ、席に着いた男を指し示す。食料争奪戦の戦利品に齧り付いてる男の姿に女は呆れた笑いを浮かべた。
「親じゃ・・ないよね?」
小さく頷く闇天の子供に女は手早く紙に包んだパンを子供に押し付けた。怪訝そうに見つめる子供に、女はしかめっ面をしてみせる。
「あの手の男は何人も見てるさ。あんたみたいな小さいこの世話なんかにとっても不向きな奴らをね。この町にいる間、困ったことあったらあたしんとこ、おいで。」
そういって笑いかけると、女は小さな子供の頭を撫でて背中を叩く。闇天の子供は貰ったパンを鞄に詰め込むと殆ど食べ物を平らげた連れの元へと小走りに近寄った。
「・・ちっ。今更来ても残ってねぇぞ。」
男はそういうと、満足そうに自分の腹を撫でつつ、食料が載っていたらしい皿を子供に向かって押しやった。大きな皿の片隅にデニッシュと果物が残っている。闇天の子供は大人しく座ると静かに食べだした。口に押し込まれても食わないとそういっている甘いデニッシュを男は子供に出会ってからいつも頼んでいた。それはたとえ昨日のように子供と諍いを起こしている最中でも変わらなかった。そのことを思うと子供の口元にひっそりと微笑が浮かんだが、誰も、本人さえもそれに気づかなかった。
裏通り。
一癖も二癖もありそうな怪しい大人が行き交う道の隅で蹲り、小さな闇天の子供は連れが正面の扉から出てくるのを大人しく待っていた。やがて重そうな扉をあけ、得意そうな顔をした連れが出てくるのをみて、子供はその場に立ち上がった。子供の連れは子供の前まで来るとにやりと笑みを浮かべ、手の中に握りこんだ水晶玉を子供に見せた。玉の向こうに一人の若い人物の顔が映し出される。
「覚えろ。こいつが今度のターゲットだ。」
頷きその顔を覚えこみつつ闇天の子供は眉をしかめた。そのターゲットはいつもの犯罪者とはどうも違って見えた。
「・・・頭使う奴・・?」
「知るか、そんなこと。俺が幸運だっただけだろ。こんな弱そうなのに金額いいんだ。誰かに取られる前でよかったぜ。」
「直接・・じゃないの?」
「ああ。他のと一緒に混じってたんだ。神様も捨てたもんじゃないらしい。」
嬉しそうにターゲットの移し絵をしまいこむ連れをみつつ、闇天の子供の眉は更にしかめられる。普通高額な賞金首は腕のいいヒットマンに直接売り込まれる。子供の連れのように腕の悪い物が漁る中に間違っても入れられることは無いのだ。わざと入れられたとすれば何かそれなりの理由があるはずだった。だが。闇天の子供の連れは、そのことに気がつく様子も無く無邪気に喜んでいる。
(仕事が済んだ後すぐ出れば大丈夫かな。)
闇天の子供は諦めたように小さく溜息をつくと、ターゲットを捜し歩き出した男の後ろに続いた。
ふと、子供が辺りを見回すと下町とは違う高級そうな建物が並ぶ通りへと来ていた。
「・・まてよ・・。こんなところに?」
闇天の子供があたりを見渡す。自分たちの姿がその場に不釣合いなのに気がついたのは子供だけのようだった。
「ああ。親切に場所まで教えてくれたんだ。流れ者に親切だよな、ここの組織って」
あんまりにも無邪気な男の言葉に子供の顔から血の気が引いた。
(金ももらえないと考えた方がいいかもな)
「あ、あいつだ。」
道の向こうからターゲットがこちらに向かって歩いてきている。自分たちと違うリラックスした表情。まるで世界の違う人物だと見ただけでわかる。子供の頭の中では警鐘が鳴り響いていた。
「・・・やめないか?」
「チャンスだ! 今あいつを止めろ!」
連れの男の号令に似た声に子供の声はかき消される。小さく舌打ちすると子供は威力と範囲を加減した雷撃を突き出した拳に乗せてターゲットに向かって放つ。不意をつかれたターゲットはもろに雷撃を受けその場に硬直する。その姿に向かって男は得物を一閃させる。
抵抗も無くターゲットはその場に倒れた。動かなくなったその姿を男は貰ってきた水晶玉に写し取る。
「早く行こうぜ、長居したくねぇ」
闇天の子供は男を急かした。時間的に人気の無い時間だとは言え、子供には自分たちの生活とは違うリズムで暮らしている世界に見えた。いつ誰に見られるかわからず、不安が増す。そんな子供の不安にも気づかず、連れは念のためと再度証拠を取ろうとしていた。
「先行くぞっ」
足早に歩き出した子供の後を意気揚々とした表情で連れの男は追いかけた。
二人の後ろには寝静まった住宅街と一人の男の死体が転がっていた。
「ほら、見ろよ♪」
扉から出てきた男は人のいない路地まで連れの子供を引っ張ると皮袋の口を開けて中身を見せた。見た事もない量の金が詰まっている。
「・・・金・・出たのか・・」
「当たり前だろ。良くやってくれたって手渡ししてもらったぜ」
嬉しそうにいう男の顔を呆れたように見上げ、袋の中身を別に移すことを助言する。その言葉も聞かずに子供に一掴みの金を取り出して渡すと、男は軽く手を振った。
「先に宿帰っとけ。ベッドも使っていいぞ。俺は久しぶりに綺麗なねぇちゃんと楽しんでくるからさ♪」
まてと言いかけた子供の言葉も聞かずに、連れの男は夜の街に浮かれた足取りで消えて行く。闇天の子供は小さく溜息をつくと貰った金をしっかりと握り締め安宿へと足を向けた。
朝方になっても連れが帰ってくる様子はなかった。ベッドの足元には荷造りされた二人分の荷物。久しぶりに使うベッドに身体がなれないせいか子供の眠りは浅かった。いつも以上に耳は聞こえていた。やがて聞こえてくるこの時間帯に相応しくない人の足音。闇天の子供は身を起こし自分の荷物を身に着けた。足音を忍ばせ窓によると、こっそりと窓を開いた。夜明け前の暗闇に僅かに残る夜の灯りが浮かぶ。ロープの端ををベッドの足に結び付けると窓枠に置いた。部屋の扉をあけ、連れの男が入ってきたときには、闇天の子供は男の荷物を手にとって窓辺に佇んでいた。
「・・やばい・・」
男の言葉に子供は頷いた。男に向かって荷物を投げる。闇天の子供は呆然とした顔をしてる男から視線を外すと、ドアの向こうを窺った。階段を上がってくる何人かの足音。
「階段上がってくる奴らだけ・・?」
ロープを下ろしつつ子供は男に問いかける。
「・・・わからない・・。夢中で逃げてきたから。」
下に人気の無いのを確認すると、顎をしゃくって連れの男にロープを降りるように促す。闇天の子供の耳には用心深い足音が階段を上がりきろうとしてるのが聞こえていた。
「早くおりろ。」
言われるがまま男が下に降りて行く様子を見届けると子供は扉の向こうの様子を窺い続ける。足音をしのばせ扉の向こうでこちらを窺う気配。窓を背にした闇天の子供の片腕が電気の青い光に包まれる。向こうから攻撃してくる為には扉の前に立たなくてはいけない、そのタイミングを子供の耳は聞き逃すことがなかった。
―――ガガ・・・・ン!!!
闇天の子供の腕から放たれた雷撃は扉ごと外の敵を焼き尽くした。その結果をかくにんする事もなく、子供の姿は窓の外へ飛び出す。翼を翻し下へ降りつつ、男を運び終えたロープを断ち切る。
「・・おい・・」
「とにかくこの街を出よう」
下で待つ男にそう言い放つと子供は先に立って歩き出した。
「一体なにが起こってるんだ・・」
子供の連れは尚も状況が把握出来ていないようだった。
「たぶん・・利用されたんだろ・・・・」
この街では手を出せないターゲットを仕留めるための生贄に。子供の耳は油断することなく辺りの音を探り続ける。追っ手は先ほどの数人だけではなかったようだった。子供は追っ手のいないほうへと歩き出しながら街の地理を記憶できていない自分を呪っていた。有翼種なら地理の把握など必要ないのだ。だが子供の連れは飛べなかった。子供は追っ手に追い込まれているのに気づいていたが抜け道を探し出せなかった。
「・・・このままでは・・」
立ち止まってあたりを見回した。追っ手の少ないところを突破するべきか、このまま戦闘を避け逃げ道を探すか。判断しかねて子供は連れの顔を見上げた。連れの男は何を考えているかわからない顔でこちらを見ている。子供は安心させるように微笑んで見せた。
「・・大丈夫。助ける。」
自分のその言葉に決心を固めると子供は男の手を引き一つの建物の中へ入りこんだ。足音を忍ばせ屋上まで来ると下を覗き込んだ。
「・・・・まだ・・気づかれてないかな・・」
男の方を振り返ると建物の向こうを指し示した。建物の屋根が連なっている。
「おいらが助けるから、此処を越えて追っ手の後ろへ出よう。」
そういうと子供は連れの男に片手を差し出した。男は無言でいわれるがままに動く。人が一人では飛べない距離を、自分が浮力をつけることで子供は建物の屋根を数度、男を飛ばしてやった。追っ手の気配とすれ違ったのを確認しつつそのまま暫く屋根の上を移動する。
「・・・このまま見つからないように街を出れば大丈夫だ・・」
相変わらず連れの子供に読み取れない表情を浮かべたまま、男は子供を見つめていた。
「高いとこ嫌いか・・?」
読み取れない表情に不安感を覚えて子供が連れに問いかける。思いつめたように男が重そうな口を開きかけた。
「・・・なぁ、おまえ・・」
その言葉を闇天の子供は手を上げて押しとどめた。巻いたはずの追っ手が近くまでやってきていた。地面ではなく、二人と同じように屋根を伝って。
「街の外れまで来たってのにな・・」
子供は一番先の脱出に使ったロープを男の手に掴ませた。怪訝そうにそれをみる男の背中を追っ手とは反対へと押す。
「此処はおいらが何とかするから、いけ。」
「まてよ・・おまえ、なんで一人で逃げないんだ?」
男の言葉に闇天の子供は不思議そうに振り返った。男は子供には読み取れない表情で相手を見つめていた。
「なんで・・・?」
「おまえなら一人で逃げ切れるだろう・・?なんで俺なんかに付き合ってるんだ?」
闇天の子供は男から視線を外すと、背に迫ってきている追っ手に向き直った。子供の言葉を聞くまで動きそうにない男に何か言わねばと子供は思考を巡らした。
「・・・パン・・。美味かったからな・・。」
背中の男がどういう表情をしたのか、子供は見ることが出来なかった。追っ手はすぐ其処までやってきていた。男を庇いまだ見えない追っ手に向かおうとしている子供を、男は信じられないものを見るような目で見ていた。まだ背後にいる男に子供は声をかける。
「街を出ててくれ。そして別の街へ。追っ手をまいて追うから・・」
男は子供の背後で呆然とした顔で顔を横に振っていた。次の街の名前が何故でないか。頭のめぐりの悪い男の頭でも今回は理解できた。此処で別れると子供はいっているのだと。自分の所に帰ってこないかもしれないのだと。信じられないもの・・その子供は小さな身体に魔力をため男の目の前で自分の盾になろうとしていた。闇天の子供はそんな連れから意識を追っ手へと集中させた。逃げるならともかくも迎え撃った経験などあまりなかった。そして。足元の建物にはまだ眠っている人たちがいるはずだった。
(あんまり大きい力は使えない・・。狙い撃てればいいんだけど・・)
そんなことを思いつつ子供は振り下ろす両手に魔力を集め雷撃を追っての気配のある方向へ解き放った。建物の上に置かれていた荷物や廃材をなぎ倒し、その力は向こうの建物の屋上を一掃した。黒装束の影のような人影が三人ふらりと立ち上がるのが煙の向こうに見えた。暗殺専門のような凄み・・それを感じて子供は手の中の汗を握り締める。
その瞬間。子供の視界は黒い布によって遮られた。その上からきつく抱きしめられる。子供は今起きてる現状を把握できず動きを止めた。自分が魔力封じの布で包まれ、連れの男に抱きすくめられているのがわかったのは布の外で魔力弾が掠めて行くのに気づいたときだった。
「コレと俺の腹の盾でお前が死ぬことはないだろ・・」
布越しに聞こえてくる男の小さな呟き。男のあまりの力に動くことさえ出来ず子供は呆然とする。
「難を言えば・・若すぎることぐらいか・・」
その瞬間、布越しに凄まじい衝撃が襲う。二度、三度、続く攻撃。その度に自分を抱えているものの身体が弾ける様な衝撃を伝えてくる。だが、その腕はきつく万力のように固定され闇天の子供の動きを奪っていた。自分では何も出来ずに目の前で人の命が奪われていく、その恐怖に子供の頭は麻痺していった。何度目かの衝撃のあと男の身体は子供を抱えたまま静かにうつぶせに倒れた。布越しに暖かい血潮が子供の身体を浸していく。暖かいそれとは反対に、子供を硬く抱きすくめる連れの身体は冷たさを増していった。男が死んだ証拠を写し取る気配。子供の生死を確認することなく、追っ手は去っていった。たぶん子供の殺しまでは受けていなかったのだろう。
だいぶたって、子供はやっとのことで連れの身体の下から這い出すことが出来た。堅く抱きすくめたその腕は男が死んだ後も緩むことはなく、さらに始まった硬直になかなか動くことが出来なかったのだ。姿の変わり果てた連れの姿を見て闇天の子供はぼんやりと呟いた。
「ねぇ・・・あんた・・死んじまったの?」
転がったそれは答えることはなかった。男の身体におちる水滴を見つけ子供はぼんやりと空を見上げた。
「・・・天気・・いいのに・・。なんで雨が・・。」
散らばった荷物を集めると、子供は小さく溜息を力なく男の姿を後にした。子供の頬にだけ雨が伝っていた。
安宿の壁に闇天の小さな子供の身体が叩き付けられた。下に滑り落ちたその身体は暫く動くことが無かったが。やがてむせるように身を折り咳き込んだ。
「お前があの時失敗しなかったら!今日はもっといい宿に!」
酒で顔を赤くした若い男は床に小さくなった闇天に指を突きつけつつそうわめき続けた。
暫くして。大人しくしている相手にわめくのに疲れたらしく、ふらつく足で男はベッドに向かい転がった。床にまるまって身動きしなかった闇天の子供はゆっくりと身を起こす。
ベッドで鼾をかいて寝ている男はこの町に来る前に知り合った相手だった。賞金稼ぎをしているという男の目標物の気を逸らすのを頼まれたのだったが、その一瞬ではこの男は仕留めることが出来なかったのだ。相手の言うことが間違っているのは知っていたが、あえて指摘する気にもならなかった。
(しかたない。次の時は目標を気絶させるか・・)
身体の痛むところをさすりつつ、ふらつく足で部屋に置かれたテーブルに向かう。
(腹減った・・)
テーブルにあるのは蓋の開いた数本の酒瓶だけ。闇天の子供は背伸びをすると瓶を集め、グラスに中身をあける。乱暴に飲み捨てたらしい瓶を集めると、グラスを満たすほどの酒が集まった。闇天の子供は小さな手で、そっと大事そうに抱えると入り口のそばへ行き、座り込んでちびちびと飲み始めた。
(弱いのが入り口を護る・・・)
今の連れに会う前に教わったことを忠実に守っていた。もとより、この部屋の主が、この子供にたった一つのベッドを譲るわけなど無いのだが。子供はグラスを大事そうにあけると、其処に蹲り自らの肩を抱きまどろんだ。男の鼾からすると昼前までは眠ることが出来そうだった。
夜はいつも酒場になる宿屋の下も、昼間は食事の取れる店だった。バイキング形式らしく料理の並ぶカウンターに何人もの大人が群れている。自分の身体では踏み潰されるか誰かを転ばすかだと心得て子供は近くの席にひっそりと座っていた。カウンターの向こうで店の店員らしい女が自分に向かって手招きしているのに気づいて小さく小首を傾げた。尚も笑顔で手招きをする女に、食料を確保し人の群れから離脱した連れを気にしつつ近づいた。
「あんた、連れは?」
女の問いに小さく頭をかしげ、席に着いた男を指し示す。食料争奪戦の戦利品に齧り付いてる男の姿に女は呆れた笑いを浮かべた。
「親じゃ・・ないよね?」
小さく頷く闇天の子供に女は手早く紙に包んだパンを子供に押し付けた。怪訝そうに見つめる子供に、女はしかめっ面をしてみせる。
「あの手の男は何人も見てるさ。あんたみたいな小さいこの世話なんかにとっても不向きな奴らをね。この町にいる間、困ったことあったらあたしんとこ、おいで。」
そういって笑いかけると、女は小さな子供の頭を撫でて背中を叩く。闇天の子供は貰ったパンを鞄に詰め込むと殆ど食べ物を平らげた連れの元へと小走りに近寄った。
「・・ちっ。今更来ても残ってねぇぞ。」
男はそういうと、満足そうに自分の腹を撫でつつ、食料が載っていたらしい皿を子供に向かって押しやった。大きな皿の片隅にデニッシュと果物が残っている。闇天の子供は大人しく座ると静かに食べだした。口に押し込まれても食わないとそういっている甘いデニッシュを男は子供に出会ってからいつも頼んでいた。それはたとえ昨日のように子供と諍いを起こしている最中でも変わらなかった。そのことを思うと子供の口元にひっそりと微笑が浮かんだが、誰も、本人さえもそれに気づかなかった。
裏通り。
一癖も二癖もありそうな怪しい大人が行き交う道の隅で蹲り、小さな闇天の子供は連れが正面の扉から出てくるのを大人しく待っていた。やがて重そうな扉をあけ、得意そうな顔をした連れが出てくるのをみて、子供はその場に立ち上がった。子供の連れは子供の前まで来るとにやりと笑みを浮かべ、手の中に握りこんだ水晶玉を子供に見せた。玉の向こうに一人の若い人物の顔が映し出される。
「覚えろ。こいつが今度のターゲットだ。」
頷きその顔を覚えこみつつ闇天の子供は眉をしかめた。そのターゲットはいつもの犯罪者とはどうも違って見えた。
「・・・頭使う奴・・?」
「知るか、そんなこと。俺が幸運だっただけだろ。こんな弱そうなのに金額いいんだ。誰かに取られる前でよかったぜ。」
「直接・・じゃないの?」
「ああ。他のと一緒に混じってたんだ。神様も捨てたもんじゃないらしい。」
嬉しそうにターゲットの移し絵をしまいこむ連れをみつつ、闇天の子供の眉は更にしかめられる。普通高額な賞金首は腕のいいヒットマンに直接売り込まれる。子供の連れのように腕の悪い物が漁る中に間違っても入れられることは無いのだ。わざと入れられたとすれば何かそれなりの理由があるはずだった。だが。闇天の子供の連れは、そのことに気がつく様子も無く無邪気に喜んでいる。
(仕事が済んだ後すぐ出れば大丈夫かな。)
闇天の子供は諦めたように小さく溜息をつくと、ターゲットを捜し歩き出した男の後ろに続いた。
ふと、子供が辺りを見回すと下町とは違う高級そうな建物が並ぶ通りへと来ていた。
「・・まてよ・・。こんなところに?」
闇天の子供があたりを見渡す。自分たちの姿がその場に不釣合いなのに気がついたのは子供だけのようだった。
「ああ。親切に場所まで教えてくれたんだ。流れ者に親切だよな、ここの組織って」
あんまりにも無邪気な男の言葉に子供の顔から血の気が引いた。
(金ももらえないと考えた方がいいかもな)
「あ、あいつだ。」
道の向こうからターゲットがこちらに向かって歩いてきている。自分たちと違うリラックスした表情。まるで世界の違う人物だと見ただけでわかる。子供の頭の中では警鐘が鳴り響いていた。
「・・・やめないか?」
「チャンスだ! 今あいつを止めろ!」
連れの男の号令に似た声に子供の声はかき消される。小さく舌打ちすると子供は威力と範囲を加減した雷撃を突き出した拳に乗せてターゲットに向かって放つ。不意をつかれたターゲットはもろに雷撃を受けその場に硬直する。その姿に向かって男は得物を一閃させる。
抵抗も無くターゲットはその場に倒れた。動かなくなったその姿を男は貰ってきた水晶玉に写し取る。
「早く行こうぜ、長居したくねぇ」
闇天の子供は男を急かした。時間的に人気の無い時間だとは言え、子供には自分たちの生活とは違うリズムで暮らしている世界に見えた。いつ誰に見られるかわからず、不安が増す。そんな子供の不安にも気づかず、連れは念のためと再度証拠を取ろうとしていた。
「先行くぞっ」
足早に歩き出した子供の後を意気揚々とした表情で連れの男は追いかけた。
二人の後ろには寝静まった住宅街と一人の男の死体が転がっていた。
「ほら、見ろよ♪」
扉から出てきた男は人のいない路地まで連れの子供を引っ張ると皮袋の口を開けて中身を見せた。見た事もない量の金が詰まっている。
「・・・金・・出たのか・・」
「当たり前だろ。良くやってくれたって手渡ししてもらったぜ」
嬉しそうにいう男の顔を呆れたように見上げ、袋の中身を別に移すことを助言する。その言葉も聞かずに子供に一掴みの金を取り出して渡すと、男は軽く手を振った。
「先に宿帰っとけ。ベッドも使っていいぞ。俺は久しぶりに綺麗なねぇちゃんと楽しんでくるからさ♪」
まてと言いかけた子供の言葉も聞かずに、連れの男は夜の街に浮かれた足取りで消えて行く。闇天の子供は小さく溜息をつくと貰った金をしっかりと握り締め安宿へと足を向けた。
朝方になっても連れが帰ってくる様子はなかった。ベッドの足元には荷造りされた二人分の荷物。久しぶりに使うベッドに身体がなれないせいか子供の眠りは浅かった。いつも以上に耳は聞こえていた。やがて聞こえてくるこの時間帯に相応しくない人の足音。闇天の子供は身を起こし自分の荷物を身に着けた。足音を忍ばせ窓によると、こっそりと窓を開いた。夜明け前の暗闇に僅かに残る夜の灯りが浮かぶ。ロープの端ををベッドの足に結び付けると窓枠に置いた。部屋の扉をあけ、連れの男が入ってきたときには、闇天の子供は男の荷物を手にとって窓辺に佇んでいた。
「・・やばい・・」
男の言葉に子供は頷いた。男に向かって荷物を投げる。闇天の子供は呆然とした顔をしてる男から視線を外すと、ドアの向こうを窺った。階段を上がってくる何人かの足音。
「階段上がってくる奴らだけ・・?」
ロープを下ろしつつ子供は男に問いかける。
「・・・わからない・・。夢中で逃げてきたから。」
下に人気の無いのを確認すると、顎をしゃくって連れの男にロープを降りるように促す。闇天の子供の耳には用心深い足音が階段を上がりきろうとしてるのが聞こえていた。
「早くおりろ。」
言われるがまま男が下に降りて行く様子を見届けると子供は扉の向こうの様子を窺い続ける。足音をしのばせ扉の向こうでこちらを窺う気配。窓を背にした闇天の子供の片腕が電気の青い光に包まれる。向こうから攻撃してくる為には扉の前に立たなくてはいけない、そのタイミングを子供の耳は聞き逃すことがなかった。
―――ガガ・・・・ン!!!
闇天の子供の腕から放たれた雷撃は扉ごと外の敵を焼き尽くした。その結果をかくにんする事もなく、子供の姿は窓の外へ飛び出す。翼を翻し下へ降りつつ、男を運び終えたロープを断ち切る。
「・・おい・・」
「とにかくこの街を出よう」
下で待つ男にそう言い放つと子供は先に立って歩き出した。
「一体なにが起こってるんだ・・」
子供の連れは尚も状況が把握出来ていないようだった。
「たぶん・・利用されたんだろ・・・・」
この街では手を出せないターゲットを仕留めるための生贄に。子供の耳は油断することなく辺りの音を探り続ける。追っ手は先ほどの数人だけではなかったようだった。子供は追っ手のいないほうへと歩き出しながら街の地理を記憶できていない自分を呪っていた。有翼種なら地理の把握など必要ないのだ。だが子供の連れは飛べなかった。子供は追っ手に追い込まれているのに気づいていたが抜け道を探し出せなかった。
「・・・このままでは・・」
立ち止まってあたりを見回した。追っ手の少ないところを突破するべきか、このまま戦闘を避け逃げ道を探すか。判断しかねて子供は連れの顔を見上げた。連れの男は何を考えているかわからない顔でこちらを見ている。子供は安心させるように微笑んで見せた。
「・・大丈夫。助ける。」
自分のその言葉に決心を固めると子供は男の手を引き一つの建物の中へ入りこんだ。足音を忍ばせ屋上まで来ると下を覗き込んだ。
「・・・・まだ・・気づかれてないかな・・」
男の方を振り返ると建物の向こうを指し示した。建物の屋根が連なっている。
「おいらが助けるから、此処を越えて追っ手の後ろへ出よう。」
そういうと子供は連れの男に片手を差し出した。男は無言でいわれるがままに動く。人が一人では飛べない距離を、自分が浮力をつけることで子供は建物の屋根を数度、男を飛ばしてやった。追っ手の気配とすれ違ったのを確認しつつそのまま暫く屋根の上を移動する。
「・・・このまま見つからないように街を出れば大丈夫だ・・」
相変わらず連れの子供に読み取れない表情を浮かべたまま、男は子供を見つめていた。
「高いとこ嫌いか・・?」
読み取れない表情に不安感を覚えて子供が連れに問いかける。思いつめたように男が重そうな口を開きかけた。
「・・・なぁ、おまえ・・」
その言葉を闇天の子供は手を上げて押しとどめた。巻いたはずの追っ手が近くまでやってきていた。地面ではなく、二人と同じように屋根を伝って。
「街の外れまで来たってのにな・・」
子供は一番先の脱出に使ったロープを男の手に掴ませた。怪訝そうにそれをみる男の背中を追っ手とは反対へと押す。
「此処はおいらが何とかするから、いけ。」
「まてよ・・おまえ、なんで一人で逃げないんだ?」
男の言葉に闇天の子供は不思議そうに振り返った。男は子供には読み取れない表情で相手を見つめていた。
「なんで・・・?」
「おまえなら一人で逃げ切れるだろう・・?なんで俺なんかに付き合ってるんだ?」
闇天の子供は男から視線を外すと、背に迫ってきている追っ手に向き直った。子供の言葉を聞くまで動きそうにない男に何か言わねばと子供は思考を巡らした。
「・・・パン・・。美味かったからな・・。」
背中の男がどういう表情をしたのか、子供は見ることが出来なかった。追っ手はすぐ其処までやってきていた。男を庇いまだ見えない追っ手に向かおうとしている子供を、男は信じられないものを見るような目で見ていた。まだ背後にいる男に子供は声をかける。
「街を出ててくれ。そして別の街へ。追っ手をまいて追うから・・」
男は子供の背後で呆然とした顔で顔を横に振っていた。次の街の名前が何故でないか。頭のめぐりの悪い男の頭でも今回は理解できた。此処で別れると子供はいっているのだと。自分の所に帰ってこないかもしれないのだと。信じられないもの・・その子供は小さな身体に魔力をため男の目の前で自分の盾になろうとしていた。闇天の子供はそんな連れから意識を追っ手へと集中させた。逃げるならともかくも迎え撃った経験などあまりなかった。そして。足元の建物にはまだ眠っている人たちがいるはずだった。
(あんまり大きい力は使えない・・。狙い撃てればいいんだけど・・)
そんなことを思いつつ子供は振り下ろす両手に魔力を集め雷撃を追っての気配のある方向へ解き放った。建物の上に置かれていた荷物や廃材をなぎ倒し、その力は向こうの建物の屋上を一掃した。黒装束の影のような人影が三人ふらりと立ち上がるのが煙の向こうに見えた。暗殺専門のような凄み・・それを感じて子供は手の中の汗を握り締める。
その瞬間。子供の視界は黒い布によって遮られた。その上からきつく抱きしめられる。子供は今起きてる現状を把握できず動きを止めた。自分が魔力封じの布で包まれ、連れの男に抱きすくめられているのがわかったのは布の外で魔力弾が掠めて行くのに気づいたときだった。
「コレと俺の腹の盾でお前が死ぬことはないだろ・・」
布越しに聞こえてくる男の小さな呟き。男のあまりの力に動くことさえ出来ず子供は呆然とする。
「難を言えば・・若すぎることぐらいか・・」
その瞬間、布越しに凄まじい衝撃が襲う。二度、三度、続く攻撃。その度に自分を抱えているものの身体が弾ける様な衝撃を伝えてくる。だが、その腕はきつく万力のように固定され闇天の子供の動きを奪っていた。自分では何も出来ずに目の前で人の命が奪われていく、その恐怖に子供の頭は麻痺していった。何度目かの衝撃のあと男の身体は子供を抱えたまま静かにうつぶせに倒れた。布越しに暖かい血潮が子供の身体を浸していく。暖かいそれとは反対に、子供を硬く抱きすくめる連れの身体は冷たさを増していった。男が死んだ証拠を写し取る気配。子供の生死を確認することなく、追っ手は去っていった。たぶん子供の殺しまでは受けていなかったのだろう。
だいぶたって、子供はやっとのことで連れの身体の下から這い出すことが出来た。堅く抱きすくめたその腕は男が死んだ後も緩むことはなく、さらに始まった硬直になかなか動くことが出来なかったのだ。姿の変わり果てた連れの姿を見て闇天の子供はぼんやりと呟いた。
「ねぇ・・・あんた・・死んじまったの?」
転がったそれは答えることはなかった。男の身体におちる水滴を見つけ子供はぼんやりと空を見上げた。
「・・・天気・・いいのに・・。なんで雨が・・。」
散らばった荷物を集めると、子供は小さく溜息を力なく男の姿を後にした。子供の頬にだけ雨が伝っていた。
■
記憶―桜花―
2011/02/25 (Fri)
コレも幼い頃
ラヴェが桜をあまり好きではない理由 ですかな
この記憶のせいで銀桜は扱い酷いですなww
ラヴェが桜をあまり好きではない理由 ですかな
この記憶のせいで銀桜は扱い酷いですなww
淡い淡い薄紅色の花弁
それが初めておれのいる奥までやってきたものだった
窓も無く、土を掘った洞窟のようなところ
外との境は頑丈な扉が立ちふさがっていた
歩くことさえおぼつかない小さなおれには周りの壁となんら変わりなかった
唯一換気のためか、明り取りの為か、高いところに小さく土をくり貫いてあった
花弁はどうもそこから入ってきたらしい
見た事もない綺麗なものをおれは夢中になって見つめていた
触れば消えてしまいそうで、でも触れたくてどうしようと手を伸ばしたり引っ込めたりしていたところ
―――バタン!
大きな音がして開く事のない扉が思い切り開いた
そしてさっき入ってきた花弁が辺りを埋め尽くすかのように大量に舞い込んできた
嬉しくて手を伸ばして捕まえようとするおれを誰かが抱き上げた
おれの掌に数枚つかまれた花弁の色によく似た肌の色をした女が手を伸ばしておれの頭を撫でた
「・・・・こんな小さな子を閉じ込めておくなんて、絶対間違ってるわ・・・」
まだ言葉のよくわからなかったおれは聞き取ろうとして女の顔を見つめた
そんなおれに微笑みかけると女はおれをそこから外へと連れ出した
とても広い世界、風の匂い初めてのものばかりでおれは驚いた顔をして辺りを見回していた
そしてその中に驚愕に目を見開いた男の顔を見つけた
「フラウ!それは禍だろう!なんで禁を破った!」
大声を出してこちらへ足音も荒く走り寄ってくる
手を伸ばしおれを掴み取ろうとした男から身を翻すと、フラウと呼ばれた女は怒ったように男に向き直った
「禁ですって?こんな小さな子供をあんなところに閉じ込めることがどう正しいと言うの?あなたちゃんと説明できるというの?」
おれは女の腕の中で困ったように二人の顔を見比べていた
「そいつの背と額に描かれた封印、禍であるという証拠じゃないかっ」
「幼子に禍を乗せて人柱よろしくうち捨てる呪いがあることは知ってるわ。けどね、うちの村はやっていないのよ?それならこの子はただの捨て子でしょう?どうしてあんなところに閉じ込めるのよ?」
「そいつが他所の集落の禍を背負っているからだ。禍を村へ持ち込むのは許さんぞ」
静かな別のものの声が女の向こうから聞えた
言い争っていた二人がそちらを一斉に振り返る
見えないのはわかっていたが、おれも一応そっちを見ようと努力してみた
「長老様・・・・だって・・」
言いよどむ女から歩み寄ってきた老人はひょいとおれを抱き取った
「さて。悪いがな、また戻ってもらうぞ」
話しかけた老人におれは掌の花弁を見せた
老人は無言で目を細め、またあの厚い扉をあけ、おれを土で出来た庵の中へ降ろした
「災禍を背負ったお前を村へ入れるわけにはいかん。かといって幼子の姿をしたぬしを滅してしまうことが出来るほどわしも無情にはなれぬでな。生殺しのような仕打ちをするわしを恨んでくれてかまわぬぞ」
言葉を解さないおれにそういうと、老人は男女の待つ外へと歩き出した
部屋中の花弁をみておれはよたよたと老人に近寄り服の裾を引いた
振り返った老人に手の中の花弁を差し出した
老人ははっとしたような表情を浮かべたが、すぐ表情を引き締めると首を横に振った
「わしはいらんよ」
老人は外へ出、頑丈な扉が再び広い世界を遮断する
おれはよたよたといつもの場所に戻り、手の中の花弁を飽きることなく見つめていた
許可を取ったのか、それとも人目を盗んでか、女はそれからちょくちょくおれのいる場所へ来るようになった
供え物のような食事ではなく、彼女の手作りらしい食べ物や、ほんの小さな遊び道具だったりを手渡しに
その時だけおれはおもての世界に連れて行ってもらえた
連れ出してくれる彼女は、外の世界と同じように柔らかくて綺麗だと思った
初めてあったときみた花弁がまた舞っていた
壁のような扉を何とか開けられるようになってきたけれど、開けちゃいけないんだと知っていたから自分から開けることはしなかった
その日フラウは食べ物をバスケットに入れてきた
ぽてぽてあるくおれの手を引いて小高い山の上まで根気よく歩いた
「あそこがね、私たちの村」
てっぺんの桜の花弁が舞い散る中で彼女は麓を指差した
「そしてあのあたりがあなたのおうち」
ちょっと離れた川向こうを指差す
どちらも霞んではっきりとは見えなかった
よく見ようと踏み出しかけて、斜面を転がりかけたおれを誰かが背後から掴み上げた
最初にフラウにあった時に言い争っていた男だった
彼女は気づいてなかった様子だったが、おれは彼女がくるときにはよく木の陰とかに姿を見かけていた
「何でこんなところにいるの?!」
彼女は驚いた様子だったが、今日も背後からついてくる気配におれは気がついていた
「お弁当、多めに作ってきてよかったわw」
憮然とした顔でそこに座り込む男にフラウは食べ物を勧めた
邪魔をしないように、と花弁を集めて遊んでいるおれの耳に二人の会話が聞えていた
「あのね、私成人したら川の辺に住もうと思うの。父母の面倒は兄がいるしね・・」
「・・・・あれのためにか?」
「・・・あれっていわないでよ、ちゃんと聞えてるのよ?・・・そう、あの子の面倒を見ようと思うの、あした長老に相談するつもりなの」
「一人で・・・何が出来るんだよ」
「・・・・・」
「何でおれに相談しないで決めちゃうんだよ」
「・・・・いつだって反対するじゃない」
「決心が確かか確かめてるだけじゃないか。やるって決めたらちゃんと手助けする」
「・・・・あの子の事嫌いなくせに・・」
「禍だからだ。あれは別になんとも思ってない」
「・・・・」
「村とお前の間に立つという建前も出来るしな」
「あなたも村はずれに住むの?」
苦笑して呟くフラウに男はぼそりといった
「お前を護る防波堤のカケラぐらいにはなれるだろ・・」
不思議そうに見る女から男は目をそらす
「みなまで言わせるな、ほんと鈍い女だな」
会話の内容までよくわからないおれでも、そのとたん涙を流しだしたフラウの様子には気がついた
遊ぶのを中断して、彼女を泣かせた男を叩きにいく
「まて、おれは彼女を虐めた訳じゃな・・・」
男がおれに手を出すことはなかった
叩かれるままの男から彼女の手がおれを引き離す
「大丈夫、彼が悪いんじゃないの・・
仲良く・・これからずっとしよう・・・」
おれを抱きしめて微笑みを浮かべながらなお泣き続ける彼女をおれは不思議な気持ちで見上げていた
それが初めておれのいる奥までやってきたものだった
窓も無く、土を掘った洞窟のようなところ
外との境は頑丈な扉が立ちふさがっていた
歩くことさえおぼつかない小さなおれには周りの壁となんら変わりなかった
唯一換気のためか、明り取りの為か、高いところに小さく土をくり貫いてあった
花弁はどうもそこから入ってきたらしい
見た事もない綺麗なものをおれは夢中になって見つめていた
触れば消えてしまいそうで、でも触れたくてどうしようと手を伸ばしたり引っ込めたりしていたところ
―――バタン!
大きな音がして開く事のない扉が思い切り開いた
そしてさっき入ってきた花弁が辺りを埋め尽くすかのように大量に舞い込んできた
嬉しくて手を伸ばして捕まえようとするおれを誰かが抱き上げた
おれの掌に数枚つかまれた花弁の色によく似た肌の色をした女が手を伸ばしておれの頭を撫でた
「・・・・こんな小さな子を閉じ込めておくなんて、絶対間違ってるわ・・・」
まだ言葉のよくわからなかったおれは聞き取ろうとして女の顔を見つめた
そんなおれに微笑みかけると女はおれをそこから外へと連れ出した
とても広い世界、風の匂い初めてのものばかりでおれは驚いた顔をして辺りを見回していた
そしてその中に驚愕に目を見開いた男の顔を見つけた
「フラウ!それは禍だろう!なんで禁を破った!」
大声を出してこちらへ足音も荒く走り寄ってくる
手を伸ばしおれを掴み取ろうとした男から身を翻すと、フラウと呼ばれた女は怒ったように男に向き直った
「禁ですって?こんな小さな子供をあんなところに閉じ込めることがどう正しいと言うの?あなたちゃんと説明できるというの?」
おれは女の腕の中で困ったように二人の顔を見比べていた
「そいつの背と額に描かれた封印、禍であるという証拠じゃないかっ」
「幼子に禍を乗せて人柱よろしくうち捨てる呪いがあることは知ってるわ。けどね、うちの村はやっていないのよ?それならこの子はただの捨て子でしょう?どうしてあんなところに閉じ込めるのよ?」
「そいつが他所の集落の禍を背負っているからだ。禍を村へ持ち込むのは許さんぞ」
静かな別のものの声が女の向こうから聞えた
言い争っていた二人がそちらを一斉に振り返る
見えないのはわかっていたが、おれも一応そっちを見ようと努力してみた
「長老様・・・・だって・・」
言いよどむ女から歩み寄ってきた老人はひょいとおれを抱き取った
「さて。悪いがな、また戻ってもらうぞ」
話しかけた老人におれは掌の花弁を見せた
老人は無言で目を細め、またあの厚い扉をあけ、おれを土で出来た庵の中へ降ろした
「災禍を背負ったお前を村へ入れるわけにはいかん。かといって幼子の姿をしたぬしを滅してしまうことが出来るほどわしも無情にはなれぬでな。生殺しのような仕打ちをするわしを恨んでくれてかまわぬぞ」
言葉を解さないおれにそういうと、老人は男女の待つ外へと歩き出した
部屋中の花弁をみておれはよたよたと老人に近寄り服の裾を引いた
振り返った老人に手の中の花弁を差し出した
老人ははっとしたような表情を浮かべたが、すぐ表情を引き締めると首を横に振った
「わしはいらんよ」
老人は外へ出、頑丈な扉が再び広い世界を遮断する
おれはよたよたといつもの場所に戻り、手の中の花弁を飽きることなく見つめていた
許可を取ったのか、それとも人目を盗んでか、女はそれからちょくちょくおれのいる場所へ来るようになった
供え物のような食事ではなく、彼女の手作りらしい食べ物や、ほんの小さな遊び道具だったりを手渡しに
その時だけおれはおもての世界に連れて行ってもらえた
連れ出してくれる彼女は、外の世界と同じように柔らかくて綺麗だと思った
初めてあったときみた花弁がまた舞っていた
壁のような扉を何とか開けられるようになってきたけれど、開けちゃいけないんだと知っていたから自分から開けることはしなかった
その日フラウは食べ物をバスケットに入れてきた
ぽてぽてあるくおれの手を引いて小高い山の上まで根気よく歩いた
「あそこがね、私たちの村」
てっぺんの桜の花弁が舞い散る中で彼女は麓を指差した
「そしてあのあたりがあなたのおうち」
ちょっと離れた川向こうを指差す
どちらも霞んではっきりとは見えなかった
よく見ようと踏み出しかけて、斜面を転がりかけたおれを誰かが背後から掴み上げた
最初にフラウにあった時に言い争っていた男だった
彼女は気づいてなかった様子だったが、おれは彼女がくるときにはよく木の陰とかに姿を見かけていた
「何でこんなところにいるの?!」
彼女は驚いた様子だったが、今日も背後からついてくる気配におれは気がついていた
「お弁当、多めに作ってきてよかったわw」
憮然とした顔でそこに座り込む男にフラウは食べ物を勧めた
邪魔をしないように、と花弁を集めて遊んでいるおれの耳に二人の会話が聞えていた
「あのね、私成人したら川の辺に住もうと思うの。父母の面倒は兄がいるしね・・」
「・・・・あれのためにか?」
「・・・あれっていわないでよ、ちゃんと聞えてるのよ?・・・そう、あの子の面倒を見ようと思うの、あした長老に相談するつもりなの」
「一人で・・・何が出来るんだよ」
「・・・・・」
「何でおれに相談しないで決めちゃうんだよ」
「・・・・いつだって反対するじゃない」
「決心が確かか確かめてるだけじゃないか。やるって決めたらちゃんと手助けする」
「・・・・あの子の事嫌いなくせに・・」
「禍だからだ。あれは別になんとも思ってない」
「・・・・」
「村とお前の間に立つという建前も出来るしな」
「あなたも村はずれに住むの?」
苦笑して呟くフラウに男はぼそりといった
「お前を護る防波堤のカケラぐらいにはなれるだろ・・」
不思議そうに見る女から男は目をそらす
「みなまで言わせるな、ほんと鈍い女だな」
会話の内容までよくわからないおれでも、そのとたん涙を流しだしたフラウの様子には気がついた
遊ぶのを中断して、彼女を泣かせた男を叩きにいく
「まて、おれは彼女を虐めた訳じゃな・・・」
男がおれに手を出すことはなかった
叩かれるままの男から彼女の手がおれを引き離す
「大丈夫、彼が悪いんじゃないの・・
仲良く・・これからずっとしよう・・・」
おれを抱きしめて微笑みを浮かべながらなお泣き続ける彼女をおれは不思議な気持ちで見上げていた
泣き止んだフラウと空っぽになったバスケットを持っておれたちは山から降りた 「明日も・・こよう」 彼女は誰にともなくそう何度か呟いてた 途中拾い集めた花弁を宙に放り上げながら三人でゆっくり歩いた おれの居場所の前で別れる 村のある方向へ手を繋いで去っていく二人の後姿が何とはなしに嬉しくて、彼女のくれたなんだかよくわからない人形を抱きしめて部屋の中をころころとしていた その夜 なにかいつもと違う感じがして、おれは禁止されていた扉をこっそりと開けてみた いつも暗い森 そのむこうに鮮やかに光り輝く赤い光が踊っていた その日見に行った桜より鮮やかで禍々しささえ感じる鮮やかな赤い光の乱舞 それはおれのいるところまでその花弁を飛ばしてきたが、桜のように綺麗な花弁が掌に残らず、熱い傷と黒い煤を残すだけだった 不安な気持ちのまま森向こうを見ていたが、寝ていたらしく 気がつくと森は白い煙に包まれていた 昼過ぎになってもフラウがくることはなかった 急かされる気持ちで昨日歩いた道を一人で歩いてみる 華やかな桜の花弁の舞い散る中、昨日彼女が指し示した村の方向を覗き込む 昨日以上に白く霞んで見えなかった 幼いおれにはそれが火が消えた後の煙だと言うことは到底わからなかった 小さな溜息をついておれは前の日の様に花弁を集める まるでフラウの肌のようだと思いつつ 一人だと時間の過ぎる感覚がきっとなかったのだろう ふと、目をあけると天空に月が何かいいたげに輝いていた 山のように集めた花弁、それが彼女に変わることはなかった 珍しく誰かが馬で道をやってくる気配がして、おれはそちらをむく 「・・・魔物か?」 現れた男はそういった 初めて見る人だった 「冗談だ。あの村の生き残りと言ったところか・・親が逃がしたんだろうな・・・」 不思議そうに見上げるおれを、彼は片手で持ち上げた 「名は?」 「・・・・禍-Evil-・・」 一番呼ばれてた言葉をぽつりと呟いた 「なるほど、おれに相応しい連れということか」 男は乗ってきた馬の前におれを置くと、おれの集めた花弁を蹴散らして山を進んだ ―――そうか、もうフラウには会えないんだ 舞い散る花弁を見ながらおれはそう理解した 彼女があの仏頂面の男と仲良く手を繋いで、あの森を越えてくることはもう二度とないのだと 別れを告げるかのように花弁は降り続けていた |
2011/02/25 (Fri)
古い文章が見つかったんで ここにUPしときま
ラベの過去 背景話数点になります
出てくる人だれだといわれてもたぶん
みんな引退済みかと思われますが まあ 。。。ねw
とりあえずこれは世界に落ちたときの話
ラベの過去 背景話数点になります
出てくる人だれだといわれてもたぶん
みんな引退済みかと思われますが まあ 。。。ねw
とりあえずこれは世界に落ちたときの話
「死んでしまえっ!滅んでしまえ!」
その叫びにも似た声をおれは身動きも出来ない暗い箱の中で聞いていた
他に聞こえる音はおれのいる箱に何かを打ち付ける音
ジャラジャラという金属の鎖のようなものを箱の上で動かしているような音
その音のほうが稀で、ずっと誰か彼か入れ替わり立ち代りおれのいる箱に向かって滅してしまえと叫び続けていた
歩くことはおろか、立ち上がるのさえやっとな小さなおれを箱に押し込め、大勢の大人は呪っていた
中にいるおれは何故かそれを反論することもせず、ただ
――ああそうなのか、自分が死ねば全て上手く行くのだ―――とそう考えていた
「お前が全ての厄を背負って滅べばおれ達に幸せがくるんだ・・!」
誰かの叫びとともに、おれのいる箱が宙に持ち上げられたのがわかった
「桜咲月二の重なる日に全ての災厄を神の穴に討ち捨てよ!」
そして・・・
災厄は死ぬはずだった・・・
死ねばきっと本当に幸せは来たんだろう
だが彼らが拾ってきた幼子は普通では死ねない体質だった
すこし大きくなったおれがたぶん其処であろう所を訪ねあてたとき
その集落はとても人がいたとは思えないほどの荒れ方だった
おれは、自分を罵り殺した奴らに何故か罪悪感を感じていた
―――自分さえ死ねば彼らはきっと幸せになれたに違いないのに
立つことさえやっとの幼子を生きたまま棺に放り込み、全ての罪を着せて滅そうとしたもの達に、何故罪悪感を感じなければいけないのだろう、そう考えてみてもその気持ちは消えることなく、この集落が荒れたのもきっと自分のせいなのだろうとそう思いつつ其処を後にした
全てはきっと其処から・・・・
その叫びにも似た声をおれは身動きも出来ない暗い箱の中で聞いていた
他に聞こえる音はおれのいる箱に何かを打ち付ける音
ジャラジャラという金属の鎖のようなものを箱の上で動かしているような音
その音のほうが稀で、ずっと誰か彼か入れ替わり立ち代りおれのいる箱に向かって滅してしまえと叫び続けていた
歩くことはおろか、立ち上がるのさえやっとな小さなおれを箱に押し込め、大勢の大人は呪っていた
中にいるおれは何故かそれを反論することもせず、ただ
――ああそうなのか、自分が死ねば全て上手く行くのだ―――とそう考えていた
「お前が全ての厄を背負って滅べばおれ達に幸せがくるんだ・・!」
誰かの叫びとともに、おれのいる箱が宙に持ち上げられたのがわかった
「桜咲月二の重なる日に全ての災厄を神の穴に討ち捨てよ!」
そして・・・
災厄は死ぬはずだった・・・
死ねばきっと本当に幸せは来たんだろう
だが彼らが拾ってきた幼子は普通では死ねない体質だった
すこし大きくなったおれがたぶん其処であろう所を訪ねあてたとき
その集落はとても人がいたとは思えないほどの荒れ方だった
おれは、自分を罵り殺した奴らに何故か罪悪感を感じていた
―――自分さえ死ねば彼らはきっと幸せになれたに違いないのに
立つことさえやっとの幼子を生きたまま棺に放り込み、全ての罪を着せて滅そうとしたもの達に、何故罪悪感を感じなければいけないのだろう、そう考えてみてもその気持ちは消えることなく、この集落が荒れたのもきっと自分のせいなのだろうとそう思いつつ其処を後にした
全てはきっと其処から・・・・
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