小鬼の日常 およびそれ関連のお話など わからない方は回れ右奨励
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2011/02/25 (Fri)
らべの前身というか
まあこれが ラヴェの魔力の源
虚空を満たすほどの魔力をコレと共有?してるそんな感じなんですかね?
まあこれが ラヴェの魔力の源
虚空を満たすほどの魔力をコレと共有?してるそんな感じなんですかね?
PR
「貴様、いつまで其処にいるつもりだ!」
そう怒鳴る兵士の顔を女は見上げた
以前、この顔は別の表情で別の言葉を発した気がする・・そうぼんやり思いながら
「ありがとうございますっ、貴方様のおかげで霧が晴れたような気がします」
若い兵士は元気よくそういい、照れたように頭を掻いた
不思議そうに彼の顔を見る女に、兵士は我に返ったように自分の口を押さえる
「ご無礼を。・・貴方様に口をきいてはいけないと言われていたのを忘れてました・・」
反省したように項垂れ出て行く兵士の姿を、女は人形のような笑みを浮かべたまま見送った
男が去り現れた女たちは全て口に覆い布をつけていた
無言のまま部屋を掃除し、男の痕跡を片付けていく
女の周りにいるもので彼女に話しかけるのは先ほどのような偶に現れる客ぐらいしかいなかった
偶に現れる客という者たちは無言のまま彼女の目の奥を見つめ何かを得たように頷き去っていく
彼女自身の知らぬことではあったが、現れる客達は女の瞳を通して何らかの形で魔力を受け取り、力としていくのであった
それさえ彼女に語るものは誰もいなかった
彼女の魔力の坩堝であるその瞳は揺らぐことのない月光の溢れる泉でなければならなかったから
ある意味邪眼と言われるそれをもつ彼女は名前さえ与えられず、感情というものから遠ざけられ、ただのものとして大事に扱われていた
偶に来る客の稀に話す言葉もあるのかどうかも定かでない彼女の心に触れることはなかった
ある日やってきた客はいつもと違っていた
「あんたが先を見せてくれるという女か?」
いきなり話しかけられ、女は不思議そうに目を上げた
にこにこと笑いかける男は、いつも来る客たちのように女の顔を見ないように俯いていたりはしなかった
「美人でよかった。見るに耐えない皺くちゃの婆だったらどうしようかとずっと悩んでいたんだ」
人懐こく話しかける男に答える術を持たない女は、そっと小首を傾げた
「で、どうすればいいんだ?」
笑みを浮かべ聞く男に、女は傍らの椅子を指し示した
「座るのか、それで、次は?」
新しい体験にわくわくしている様子の男の姿にいつもと違う気持ちが起るのをただぼんやりと感じながら、女はいつものように客のその瞳に焦点を合わせる
一瞬の後、男の身体が大きく弾かれたように動いた
そして硬直したように動きを止める
その瞳は彼女の目の奥を見続けたままだった
暫く見続けた男は、大きく溜息をつきながら彼女の瞳の魔力を遮るように瞼を閉じた
「・・・・参ったな」
男は自らの手で自分の目を覆う
「これは禁忌じゃないか・・」
男の言う言葉を理解することもなく女は小さく小首を傾げ、男のその様子を見つめていた
「・・・・・しかし、おかげで助かったと云わざるを得ないのも確かだ」
先ほどまでの浮かれた様子は払拭され、男はすくっと椅子から立ち上がった
そして怖れることもなく彼女の瞳を再び見つめ、その手を握り締めた
触れることはならないと言われたはずの彼女の手を
「感謝する」
短く礼を口にすると、先ほどとは違った様子で部屋から出て行った
女は自分の心に湧き上がったものにどう扱っていいのかわからずに、ただその後姿を見送った
いつもと変わらない日が流れて行き、女も自分の中の変化を忘れかけたころ再び男が訪ねてきた。
「貴方の奇跡をもう一度俺に・・・」
部屋に入るなり禁忌を犯していることに気付きもせず彼は彼女の手を握り締めた。
彼の真剣な眼差しに彼女は立ち尽くしたままで彼に瞳を覗き込ませる
暫く後に彼は彼女をきつく抱きしめた
「この感謝の気持ちをどう伝えればいいのか・・」
誰かに抱きしめられるという心地よさに彼女は酔った
「貴方の名前を教えてくれないだろうか。誰も答えてくれない。」
自分を抱きしめている男を女は不思議そうに見上げた
「な・・まえ・・・?」
その表情に男はやっと合点がいったような表情を浮かべた
「本当に・・・・ないのか」
自分の腕の中でうっとりとしている女には男が浮かべた表情の意味が読み取れなかった
「・・・・・失礼ではないのなら、俺に呼び名を付けさせてもらえないだろうか」
そして男は再び禁忌を犯す
「・・・・・と呼んでも良いだろうか」
彼女の耳元で呟く言葉は彼女の中に変化を起こす
ぼんやりとしていた目の焦点がきちりと合い男を見つめた
「・・・・・。」
「そう、貴方の呼び名。」
「・・・・・。私の呼び名・・・」
まるで赤子のような目で見つめる女を彼はいとおしそうに抱きしめた
「まるで人形から人になったようだな・・」
彼が呟いた言葉は、今起きたことをそのまま言い当てていたが、彼自身気付いてはいなかった
自分の中に起きた変化をどうしたらいいかわからず、女はぼんやりと過ごしていたが、彼女に変化が起きたことに周りのものは築いている様子は無かった
いつものように彼女の力の源を覗きこんでいく客たちも何も気付かなかった
名前を貰い自我の目覚めた彼女が自分たちの心をこっそりと眺めているのに気付いたものは誰もいなかったのだった
ある日訪ねてきた常連の婦人客は上品に作法を守って彼女の瞳を覗き込んだ
客は必要な情報を得、更に力を得ようとしたその時、銀の泉は堅い鏡と化した
怪訝に思いながらきっと自分が作法を間違えたに違いないと婦人はそう解釈して何も言わずその部屋を後にした
婦人が立ち去り部屋も片された中女は一人立ち尽くしていた
こっそりと気付かれないように眺めていた婦人の心の中に、自分に名前をくれたあの男がいた、それだけのことが自分の中におこした感情というものに女は途方に暮れていた
そしてタイミング悪く其処へ男がやってきたのだった
「・・・・・」
自分の与えた名前を呼び、彼女を抱きしめその瞳を覗き込んだとき
男は何を思ったのだろう
いつもと違う瞳の輝きに彼はそのまま動きを止めた
与えるだけだったその魔力の泉は天空へ立ち昇る竜の力にも似た攻撃性を持って彼の中へとねじ込まれていった
もちろん彼女は攻撃をするつもりなど毛頭なかった
ただ、先ほどの婦人との関係を知りたい、それだけのことだった
加減の知らないその力が一体何をもたらすのか彼女自身も知らなかった
客がなかなか出てこないのに痺れを切らしたのか、身の回りを世話する者たちが入ってきた
とたん、屋敷中を震わせるような悲鳴が上がる
意識を破壊された男と、其処に座り込み不思議そうに彼の顔を見つめている女との姿が其処にあった
彼女には知る術もなかったが彼は彼の世界では大切な人だったらしい
彼女と二人でいる間、彼が禁忌を犯していた事を知るものは彼女のほかに知るものはなかったが、彼女はそれを禁忌だと言うことさえも知らなかった
そして決定される
英雄の精神を破壊した魔女
「此処が貴様の永遠の牢獄だっ」
いつか彼女に礼を述べたその口が彼女を罵り虚無の空間へと追いやる
「・・・・・あの人は・・・・?」
あのときからずっと聞きたかったことを彼女はポツリと口に出した
「・・何をっ・・・貴様があの方の心を破壊したんだろうっ!あの方は俺たちの英雄だったのにっ。貴様があの方を殺したんだ、この魔女め!」
女は若い兵士の罵る言葉の殆どが理解できなかった。
ただ、彼はもうこの世にはいないのだ、そしてそれをしたのは自分なのだということだけを理解した
女は静かに虚無の空間へ足を下ろす
背後でゆっくりと次元の穴が塞がっていく
何もない空間に男の名前を呼ぼうとして彼の名前を知らないことに女は気がついた
「・・・・・どこ・・・?」
彼女の顔を見て微笑んだその顔を求めて彼女はゆっくりとあたりを見回した
闇さえもない虚無の空間
男の微笑を思い浮かべ其処へ座り込む彼女から陽炎のように月の光に似た魔力が虚無の空間へと流れていく
あの部屋で彼を待っていたように女は彼を待つことにした
彼がこの世から消えたということと迎えにこれないということが彼女の頭では結びついていなかった
誰も彼女に物事について教えることがなかったから
自分が正気かも狂っているかもわからない虚無と言う空間の中で彼女はぼんやりと彼を待ち続ける
密やかにその空間を自らの魔力で満たしながら
そう怒鳴る兵士の顔を女は見上げた
以前、この顔は別の表情で別の言葉を発した気がする・・そうぼんやり思いながら
「ありがとうございますっ、貴方様のおかげで霧が晴れたような気がします」
若い兵士は元気よくそういい、照れたように頭を掻いた
不思議そうに彼の顔を見る女に、兵士は我に返ったように自分の口を押さえる
「ご無礼を。・・貴方様に口をきいてはいけないと言われていたのを忘れてました・・」
反省したように項垂れ出て行く兵士の姿を、女は人形のような笑みを浮かべたまま見送った
男が去り現れた女たちは全て口に覆い布をつけていた
無言のまま部屋を掃除し、男の痕跡を片付けていく
女の周りにいるもので彼女に話しかけるのは先ほどのような偶に現れる客ぐらいしかいなかった
偶に現れる客という者たちは無言のまま彼女の目の奥を見つめ何かを得たように頷き去っていく
彼女自身の知らぬことではあったが、現れる客達は女の瞳を通して何らかの形で魔力を受け取り、力としていくのであった
それさえ彼女に語るものは誰もいなかった
彼女の魔力の坩堝であるその瞳は揺らぐことのない月光の溢れる泉でなければならなかったから
ある意味邪眼と言われるそれをもつ彼女は名前さえ与えられず、感情というものから遠ざけられ、ただのものとして大事に扱われていた
偶に来る客の稀に話す言葉もあるのかどうかも定かでない彼女の心に触れることはなかった
ある日やってきた客はいつもと違っていた
「あんたが先を見せてくれるという女か?」
いきなり話しかけられ、女は不思議そうに目を上げた
にこにこと笑いかける男は、いつも来る客たちのように女の顔を見ないように俯いていたりはしなかった
「美人でよかった。見るに耐えない皺くちゃの婆だったらどうしようかとずっと悩んでいたんだ」
人懐こく話しかける男に答える術を持たない女は、そっと小首を傾げた
「で、どうすればいいんだ?」
笑みを浮かべ聞く男に、女は傍らの椅子を指し示した
「座るのか、それで、次は?」
新しい体験にわくわくしている様子の男の姿にいつもと違う気持ちが起るのをただぼんやりと感じながら、女はいつものように客のその瞳に焦点を合わせる
一瞬の後、男の身体が大きく弾かれたように動いた
そして硬直したように動きを止める
その瞳は彼女の目の奥を見続けたままだった
暫く見続けた男は、大きく溜息をつきながら彼女の瞳の魔力を遮るように瞼を閉じた
「・・・・参ったな」
男は自らの手で自分の目を覆う
「これは禁忌じゃないか・・」
男の言う言葉を理解することもなく女は小さく小首を傾げ、男のその様子を見つめていた
「・・・・・しかし、おかげで助かったと云わざるを得ないのも確かだ」
先ほどまでの浮かれた様子は払拭され、男はすくっと椅子から立ち上がった
そして怖れることもなく彼女の瞳を再び見つめ、その手を握り締めた
触れることはならないと言われたはずの彼女の手を
「感謝する」
短く礼を口にすると、先ほどとは違った様子で部屋から出て行った
女は自分の心に湧き上がったものにどう扱っていいのかわからずに、ただその後姿を見送った
いつもと変わらない日が流れて行き、女も自分の中の変化を忘れかけたころ再び男が訪ねてきた。
「貴方の奇跡をもう一度俺に・・・」
部屋に入るなり禁忌を犯していることに気付きもせず彼は彼女の手を握り締めた。
彼の真剣な眼差しに彼女は立ち尽くしたままで彼に瞳を覗き込ませる
暫く後に彼は彼女をきつく抱きしめた
「この感謝の気持ちをどう伝えればいいのか・・」
誰かに抱きしめられるという心地よさに彼女は酔った
「貴方の名前を教えてくれないだろうか。誰も答えてくれない。」
自分を抱きしめている男を女は不思議そうに見上げた
「な・・まえ・・・?」
その表情に男はやっと合点がいったような表情を浮かべた
「本当に・・・・ないのか」
自分の腕の中でうっとりとしている女には男が浮かべた表情の意味が読み取れなかった
「・・・・・失礼ではないのなら、俺に呼び名を付けさせてもらえないだろうか」
そして男は再び禁忌を犯す
「・・・・・と呼んでも良いだろうか」
彼女の耳元で呟く言葉は彼女の中に変化を起こす
ぼんやりとしていた目の焦点がきちりと合い男を見つめた
「・・・・・。」
「そう、貴方の呼び名。」
「・・・・・。私の呼び名・・・」
まるで赤子のような目で見つめる女を彼はいとおしそうに抱きしめた
「まるで人形から人になったようだな・・」
彼が呟いた言葉は、今起きたことをそのまま言い当てていたが、彼自身気付いてはいなかった
自分の中に起きた変化をどうしたらいいかわからず、女はぼんやりと過ごしていたが、彼女に変化が起きたことに周りのものは築いている様子は無かった
いつものように彼女の力の源を覗きこんでいく客たちも何も気付かなかった
名前を貰い自我の目覚めた彼女が自分たちの心をこっそりと眺めているのに気付いたものは誰もいなかったのだった
ある日訪ねてきた常連の婦人客は上品に作法を守って彼女の瞳を覗き込んだ
客は必要な情報を得、更に力を得ようとしたその時、銀の泉は堅い鏡と化した
怪訝に思いながらきっと自分が作法を間違えたに違いないと婦人はそう解釈して何も言わずその部屋を後にした
婦人が立ち去り部屋も片された中女は一人立ち尽くしていた
こっそりと気付かれないように眺めていた婦人の心の中に、自分に名前をくれたあの男がいた、それだけのことが自分の中におこした感情というものに女は途方に暮れていた
そしてタイミング悪く其処へ男がやってきたのだった
「・・・・・」
自分の与えた名前を呼び、彼女を抱きしめその瞳を覗き込んだとき
男は何を思ったのだろう
いつもと違う瞳の輝きに彼はそのまま動きを止めた
与えるだけだったその魔力の泉は天空へ立ち昇る竜の力にも似た攻撃性を持って彼の中へとねじ込まれていった
もちろん彼女は攻撃をするつもりなど毛頭なかった
ただ、先ほどの婦人との関係を知りたい、それだけのことだった
加減の知らないその力が一体何をもたらすのか彼女自身も知らなかった
客がなかなか出てこないのに痺れを切らしたのか、身の回りを世話する者たちが入ってきた
とたん、屋敷中を震わせるような悲鳴が上がる
意識を破壊された男と、其処に座り込み不思議そうに彼の顔を見つめている女との姿が其処にあった
彼女には知る術もなかったが彼は彼の世界では大切な人だったらしい
彼女と二人でいる間、彼が禁忌を犯していた事を知るものは彼女のほかに知るものはなかったが、彼女はそれを禁忌だと言うことさえも知らなかった
そして決定される
英雄の精神を破壊した魔女
「此処が貴様の永遠の牢獄だっ」
いつか彼女に礼を述べたその口が彼女を罵り虚無の空間へと追いやる
「・・・・・あの人は・・・・?」
あのときからずっと聞きたかったことを彼女はポツリと口に出した
「・・何をっ・・・貴様があの方の心を破壊したんだろうっ!あの方は俺たちの英雄だったのにっ。貴様があの方を殺したんだ、この魔女め!」
女は若い兵士の罵る言葉の殆どが理解できなかった。
ただ、彼はもうこの世にはいないのだ、そしてそれをしたのは自分なのだということだけを理解した
女は静かに虚無の空間へ足を下ろす
背後でゆっくりと次元の穴が塞がっていく
何もない空間に男の名前を呼ぼうとして彼の名前を知らないことに女は気がついた
「・・・・・どこ・・・?」
彼女の顔を見て微笑んだその顔を求めて彼女はゆっくりとあたりを見回した
闇さえもない虚無の空間
男の微笑を思い浮かべ其処へ座り込む彼女から陽炎のように月の光に似た魔力が虚無の空間へと流れていく
あの部屋で彼を待っていたように女は彼を待つことにした
彼がこの世から消えたということと迎えにこれないということが彼女の頭では結びついていなかった
誰も彼女に物事について教えることがなかったから
自分が正気かも狂っているかもわからない虚無と言う空間の中で彼女はぼんやりと彼を待ち続ける
密やかにその空間を自らの魔力で満たしながら
■
銀桜
2011/02/25 (Fri)
らべの使い魔の妖精が生まれた時の話
最初から扱いが酷いのが・・・
最初から扱いが酷いのが・・・
うちに戻ってきた闇天の子供が、自分の身体ほどの大枝を差し出した
子供の身体から外の雨が滴るように、枝からも雫が落ちる
「・・・・?」
無言で問いかける男に、ただ怒ったように枝を押し付ける
良く見ると花が咲いている
季節外れの雨よりも散りやすい花びらのついた花が・・・
「桜・・・?」
男の声に子供は不機嫌そうに頷いた
「どうしたんだ、この季節に」
受け取った男の腕の中の桜から落ちるのは枝についた雨の雫のみで花弁の散る様子はなかった
「失敗した」
子供はバスタオルをかぶるとむくれた顔で乱暴に頭をこする
不審に思い始めた男が枝を振りながら子供に尋ねる
「何を?」
頭を拭くのを止めて子供は其処に座り込んだ
「治そうと思ったんだよ・・」
男が剣のように振りかざした桜の枝は雨の雫を落とされて淡く銀色に輝いた
散ることのない華奢な花弁が花の香りを纏う
「折れてたから、ライがするみたいに魔力を入れてやって治そうとしたのにっ」
かぶっていたタオルを子供は床に投げつけた
「枝掴んで目を開いたとたん花咲いて・・・木にくっつけようとしてもくっつかないんだもんっ」
「・・・枝がくっつきたくなかったんじゃないか?」
男の静かな声も子供の耳には入っていないようだった
「おまけに、咲いた花がよりによって桜だなんてっ!」
どうも子供は桜が嫌いらしかった
「花が散るまで部屋に飾っておくか・・」
男がバケツに水を入れて戻ってきても子供はさっきと同じ場所でむくれた顔で座り込んでいた
その後姿に苦笑しつつ枝を挿すと花弁がこすれて月の音の様なかすかな音を奏でた
数日後――――――
鳥を数羽掴んだ男が家の扉をあけたとたん、室内からカップが飛んできた
驚きながらも受け止めると扉の横の壁にパン用のカッターボードがぶち当たる
どうやら自分を狙ったわけではないと思いつつモノを投げている主を見つめた
部屋の真ん中で仁王立ちになって棚のほうを閉じた目で見つめている子供は、珍しく怒り狂っている様子だった
初めて見る子供の怒りの形相に鳥をテーブルに置きつつ声をかけた
「・・・何をしてる?」
振り返った男はぎょっとして息をのんだ
投げるものが近くになくなったらしく、子供の周りにばちばちと放電する電気の球が数個浮いている
「ラヴ!」
男が声を出したとたん青く光る球が壁に向かって疾走した
そしてふっと壁際で溶ける様に消える
男が魔力で消し去ったのだ
それに気がついた子供は振り向きもせず怒鳴り飛ばした
「邪魔すんな!」
子供の叫び声を避けるように棚から銀色の球がふ~っと男のほうへ飛んできた
「・・・家を壊す気か?」
自分のほうへ飛んできた銀の球を男は軽く手で掴んだ
「・・・これは?」
手を開くと銀の光を帯びた小妖精らしいものがちょこんと座っていた
「そいつ、叩き潰してやる!」
闇天の子供は男の掌のそれに向かって突進してきた
開いてる片手で子供を押さえ、捕まえたそれを上へと持ちあげる
「・・・おい?」
相手の興奮状態を落ち着かせようと声をかけるが聞く様子はなかった
「そいつ、おれのこと「ご主人様」とかぬかしやがるっ、そんなこと言う奴は叩き潰すー!!」
男に阻止されぱたつきつつも子供は怒り狂って男の手の上の小妖精を捕まえようとしていた
「・・・よくわからん」
手の上の小妖精を見ても困ったように闇天の子供の方を見ているだけだった
「おれはー、おれの上に人を置かないし、下にも置かないっ!手下や、家来や、奴隷のように、おれのことご主人様なんていう奴は許さない!」
男にはよくわからない理論だったが、子供は子供なりのポリシーがあって、手の上の小妖精はそれを破ったらしかったのは理解した
「・・・つまり、こいつがお前のことを「ご主人様」と呼んだから家を壊そうとしている・・と?」
その言葉に子供はやっと自分が引き起こしてる状態に気がついた様子だった
「・・・・だって、そいつすばしっこくて・・」
子供は消え入るような声でぶつぶつと呟いて俯いた
「・・・で、これはなんだ?」
子供は突きつけられた小妖精をぶすっとした顔で睨みつけている
「・・・黙ってたらわからん」
「そこの桜から出てきた・・・」
子供の顎が指し示す方向には先日子供が持ってきた銀色の桜の枝が置かれていた
「呼び名をくれというから、んじゃ銀桜っていったら・・・・っ!」
子供が爪が食い込むほど握りこぶしを握り締めた
「ご主人様と呼ばれたわけだ。依り代を作って名前まで与えたら呼ばれて当然だと思うが・・・」
「おれは認めないっ!」
「・・・・・・人じゃない、小さな魔物だ」
男の言い聞かせるような言葉に帰ってきたのは、ぎんと音がしそうな子供の怒りだけだった
「・・・住処に戻った方がいいと思うが?」
話すことは出来なくても理解は出来るらしく、男の言葉に小妖精はしょんぼりと桜の枝の側へ飛んで行きそっと闇天の子供のほうを窺い見た
「失せろっ!」
子供の怒鳴り声に小妖精は小さく俯くとふっと消えた
小さく肩をすくめると、男は怒りの収まらない子供を其処に残し鳥の処理をするために台所へと向かった
男が獲って来た鳥の羽根を荒っぽく抜いている間、向うの部屋では子供が後片付けをしているらしくごとごとと音が響いていた
「・・・手伝う・・・」
毟り終えた羽根を入れた布袋の口を閉める頃、子供がむくれた様子でやってきた
怒りは収まったものの振り返った自分の様子が気恥ずかしい様子だった
「なぁんだ、羽根毟っちゃったんだ・・・って・・あぁ・・」
丸裸の鳥に指を走らせた子供が椅子にすとんと腰掛け鳥を丹念に調べ始めた
「・・・・問題が?」
「・・・これじゃ食えない・・」
溜息をついた子供は閉じた目で指を走らせ、男が毟り残した棒毛を丹念に取り除いていく
暫く向かいで見ていた男が鍋に火を起こした
一羽目を綺麗にぬいた子供が無言で鳥を男に手渡し、次へと取り掛かる
残った毛を焼くために男が鳥を掴んで火の鍋に向いた時目の端を銀の光が横切った
男が横目でそれを追うと先ほどの小妖精が処理のされてない鳥の影から子供の様子を覗いているのが目に入った
が、何も言わず鳥を火にくぐらせる
二羽目の毛抜きがまだ終わらない様子なので、男はそのまま鳥をたわしで洗い、胸にナイフを走らせ内臓の処理を始めた
毛を抜き終わった鳥を横に置きながら子供がぼそっと呟いた
「隠れてても見えるぞ・・?」
小妖精は一瞬首をすくめたが、三羽目の鳥の毛抜きを始める子供が先ほどのように怒っていないのに気がついたらしくおずおずと出てきた
そして子供のしていることに気がついたらしく、同じように棒毛を抜こうと子供の持っている鳥の毛を掴んで引張ろうとした
それに気がついた子供が手を休めその姿を黙って見つめた
小さい妖精は力が殆どないらしく一つも抜くことができないようだった
必死に抜こうとしている姿に小さく溜息をつくと子供は小さく手を振って小妖精を追いやった
「☆..:*・゜☆..:*・゜☆..:*・゜☆..:*・゜☆」
小妖精が何か言ったが男には理解できない言葉だった、が子供には理解できるらしい、子供の拳がものすごい音を立てて机を叩いた
どうやらまた「ご主人様」といったらしい
怯えた様子の小さな魔物は男のほうへふわふわと飛んできておずおずと子供のほうの窺いみる
内臓を取り出し翼の先や首を落としていた男が小さな魔物をちらりと見やった
「・・・名前ではいかんのか?」
男の言葉に小妖精は酷く怯えた表情で身をすくめた
どうやらそれはその小さな魔物にとっては恐れ多いことらしい
「・・・別の呼び方はできないか?」
このままでは台所も被害にあいそうだと思いつつ男は言葉を重ねた
その言葉に小妖精は不思議そうな顔で子供のほう暫く見つめた
「☆..:*・゜☆.」
おずおずとしたその様子の声はなんといったのかは男には理解できなかったが、今度は子供の怒りは爆発しない様子だった
「☆..:*・゜☆.!」
子供の反応に喜んだらしい小さな塊は子供に向かって突進していった
「☆..:*・゜☆..:*・゜☆..:*・゜☆..:*・゜☆!!」
「だから「ご主人」って呼ぶなっていったろーがっ!」
嬉しさのあまり又呼んでしまったらしい小妖精は子供の叩き付けた鳥の下からもう一度同じような声で子供を呼んだ
「☆..:*・゜☆.・・・・」
「・・・それなら百歩譲ってやる」
子供と小さな魔物のやり取りに、何とか収まりそうだなと心の中で呟きつつ男は二羽目の鳥を火であぶり始めた
子供の身体から外の雨が滴るように、枝からも雫が落ちる
「・・・・?」
無言で問いかける男に、ただ怒ったように枝を押し付ける
良く見ると花が咲いている
季節外れの雨よりも散りやすい花びらのついた花が・・・
「桜・・・?」
男の声に子供は不機嫌そうに頷いた
「どうしたんだ、この季節に」
受け取った男の腕の中の桜から落ちるのは枝についた雨の雫のみで花弁の散る様子はなかった
「失敗した」
子供はバスタオルをかぶるとむくれた顔で乱暴に頭をこする
不審に思い始めた男が枝を振りながら子供に尋ねる
「何を?」
頭を拭くのを止めて子供は其処に座り込んだ
「治そうと思ったんだよ・・」
男が剣のように振りかざした桜の枝は雨の雫を落とされて淡く銀色に輝いた
散ることのない華奢な花弁が花の香りを纏う
「折れてたから、ライがするみたいに魔力を入れてやって治そうとしたのにっ」
かぶっていたタオルを子供は床に投げつけた
「枝掴んで目を開いたとたん花咲いて・・・木にくっつけようとしてもくっつかないんだもんっ」
「・・・枝がくっつきたくなかったんじゃないか?」
男の静かな声も子供の耳には入っていないようだった
「おまけに、咲いた花がよりによって桜だなんてっ!」
どうも子供は桜が嫌いらしかった
「花が散るまで部屋に飾っておくか・・」
男がバケツに水を入れて戻ってきても子供はさっきと同じ場所でむくれた顔で座り込んでいた
その後姿に苦笑しつつ枝を挿すと花弁がこすれて月の音の様なかすかな音を奏でた
数日後――――――
鳥を数羽掴んだ男が家の扉をあけたとたん、室内からカップが飛んできた
驚きながらも受け止めると扉の横の壁にパン用のカッターボードがぶち当たる
どうやら自分を狙ったわけではないと思いつつモノを投げている主を見つめた
部屋の真ん中で仁王立ちになって棚のほうを閉じた目で見つめている子供は、珍しく怒り狂っている様子だった
初めて見る子供の怒りの形相に鳥をテーブルに置きつつ声をかけた
「・・・何をしてる?」
振り返った男はぎょっとして息をのんだ
投げるものが近くになくなったらしく、子供の周りにばちばちと放電する電気の球が数個浮いている
「ラヴ!」
男が声を出したとたん青く光る球が壁に向かって疾走した
そしてふっと壁際で溶ける様に消える
男が魔力で消し去ったのだ
それに気がついた子供は振り向きもせず怒鳴り飛ばした
「邪魔すんな!」
子供の叫び声を避けるように棚から銀色の球がふ~っと男のほうへ飛んできた
「・・・家を壊す気か?」
自分のほうへ飛んできた銀の球を男は軽く手で掴んだ
「・・・これは?」
手を開くと銀の光を帯びた小妖精らしいものがちょこんと座っていた
「そいつ、叩き潰してやる!」
闇天の子供は男の掌のそれに向かって突進してきた
開いてる片手で子供を押さえ、捕まえたそれを上へと持ちあげる
「・・・おい?」
相手の興奮状態を落ち着かせようと声をかけるが聞く様子はなかった
「そいつ、おれのこと「ご主人様」とかぬかしやがるっ、そんなこと言う奴は叩き潰すー!!」
男に阻止されぱたつきつつも子供は怒り狂って男の手の上の小妖精を捕まえようとしていた
「・・・よくわからん」
手の上の小妖精を見ても困ったように闇天の子供の方を見ているだけだった
「おれはー、おれの上に人を置かないし、下にも置かないっ!手下や、家来や、奴隷のように、おれのことご主人様なんていう奴は許さない!」
男にはよくわからない理論だったが、子供は子供なりのポリシーがあって、手の上の小妖精はそれを破ったらしかったのは理解した
「・・・つまり、こいつがお前のことを「ご主人様」と呼んだから家を壊そうとしている・・と?」
その言葉に子供はやっと自分が引き起こしてる状態に気がついた様子だった
「・・・・だって、そいつすばしっこくて・・」
子供は消え入るような声でぶつぶつと呟いて俯いた
「・・・で、これはなんだ?」
子供は突きつけられた小妖精をぶすっとした顔で睨みつけている
「・・・黙ってたらわからん」
「そこの桜から出てきた・・・」
子供の顎が指し示す方向には先日子供が持ってきた銀色の桜の枝が置かれていた
「呼び名をくれというから、んじゃ銀桜っていったら・・・・っ!」
子供が爪が食い込むほど握りこぶしを握り締めた
「ご主人様と呼ばれたわけだ。依り代を作って名前まで与えたら呼ばれて当然だと思うが・・・」
「おれは認めないっ!」
「・・・・・・人じゃない、小さな魔物だ」
男の言い聞かせるような言葉に帰ってきたのは、ぎんと音がしそうな子供の怒りだけだった
「・・・住処に戻った方がいいと思うが?」
話すことは出来なくても理解は出来るらしく、男の言葉に小妖精はしょんぼりと桜の枝の側へ飛んで行きそっと闇天の子供のほうを窺い見た
「失せろっ!」
子供の怒鳴り声に小妖精は小さく俯くとふっと消えた
小さく肩をすくめると、男は怒りの収まらない子供を其処に残し鳥の処理をするために台所へと向かった
男が獲って来た鳥の羽根を荒っぽく抜いている間、向うの部屋では子供が後片付けをしているらしくごとごとと音が響いていた
「・・・手伝う・・・」
毟り終えた羽根を入れた布袋の口を閉める頃、子供がむくれた様子でやってきた
怒りは収まったものの振り返った自分の様子が気恥ずかしい様子だった
「なぁんだ、羽根毟っちゃったんだ・・・って・・あぁ・・」
丸裸の鳥に指を走らせた子供が椅子にすとんと腰掛け鳥を丹念に調べ始めた
「・・・・問題が?」
「・・・これじゃ食えない・・」
溜息をついた子供は閉じた目で指を走らせ、男が毟り残した棒毛を丹念に取り除いていく
暫く向かいで見ていた男が鍋に火を起こした
一羽目を綺麗にぬいた子供が無言で鳥を男に手渡し、次へと取り掛かる
残った毛を焼くために男が鳥を掴んで火の鍋に向いた時目の端を銀の光が横切った
男が横目でそれを追うと先ほどの小妖精が処理のされてない鳥の影から子供の様子を覗いているのが目に入った
が、何も言わず鳥を火にくぐらせる
二羽目の毛抜きがまだ終わらない様子なので、男はそのまま鳥をたわしで洗い、胸にナイフを走らせ内臓の処理を始めた
毛を抜き終わった鳥を横に置きながら子供がぼそっと呟いた
「隠れてても見えるぞ・・?」
小妖精は一瞬首をすくめたが、三羽目の鳥の毛抜きを始める子供が先ほどのように怒っていないのに気がついたらしくおずおずと出てきた
そして子供のしていることに気がついたらしく、同じように棒毛を抜こうと子供の持っている鳥の毛を掴んで引張ろうとした
それに気がついた子供が手を休めその姿を黙って見つめた
小さい妖精は力が殆どないらしく一つも抜くことができないようだった
必死に抜こうとしている姿に小さく溜息をつくと子供は小さく手を振って小妖精を追いやった
「☆..:*・゜☆..:*・゜☆..:*・゜☆..:*・゜☆」
小妖精が何か言ったが男には理解できない言葉だった、が子供には理解できるらしい、子供の拳がものすごい音を立てて机を叩いた
どうやらまた「ご主人様」といったらしい
怯えた様子の小さな魔物は男のほうへふわふわと飛んできておずおずと子供のほうの窺いみる
内臓を取り出し翼の先や首を落としていた男が小さな魔物をちらりと見やった
「・・・名前ではいかんのか?」
男の言葉に小妖精は酷く怯えた表情で身をすくめた
どうやらそれはその小さな魔物にとっては恐れ多いことらしい
「・・・別の呼び方はできないか?」
このままでは台所も被害にあいそうだと思いつつ男は言葉を重ねた
その言葉に小妖精は不思議そうな顔で子供のほう暫く見つめた
「☆..:*・゜☆.」
おずおずとしたその様子の声はなんといったのかは男には理解できなかったが、今度は子供の怒りは爆発しない様子だった
「☆..:*・゜☆.!」
子供の反応に喜んだらしい小さな塊は子供に向かって突進していった
「☆..:*・゜☆..:*・゜☆..:*・゜☆..:*・゜☆!!」
「だから「ご主人」って呼ぶなっていったろーがっ!」
嬉しさのあまり又呼んでしまったらしい小妖精は子供の叩き付けた鳥の下からもう一度同じような声で子供を呼んだ
「☆..:*・゜☆.・・・・」
「・・・それなら百歩譲ってやる」
子供と小さな魔物のやり取りに、何とか収まりそうだなと心の中で呟きつつ男は二羽目の鳥を火であぶり始めた
■
羽化
2011/02/25 (Fri)
これはどうすっかなーとおもったけど
形態変わった話なんでやっぱり必要かなーと
らべはほんとに
いろんな人に助けられて生きてますな・・・
ありがたいことです
形態変わった話なんでやっぱり必要かなーと
らべはほんとに
いろんな人に助けられて生きてますな・・・
ありがたいことです
闇天の子供が人知れず密かに小さな決意をした夜
子供の住まいに深く月の光が差し込んだ
窓の影を超え、それは子供のところまで生き物のように深く差し込み、子供の姿を照らした
命を持った生き物のような月の魔力をを伴った光は子供の姿を包み込み、その額を中心として徐々に吸い込まれるように消えていく
そして子供を包んでいた光は消え、いつもの夜の姿が戻ってきた
その静かな夜の中で、子供が寝苦しそうに身をよじった
何度かの身じろぎの後、跳ねる様に飛び起きる
「・・・・?」
自分がなぜ起きたのかわからずに、闇天の子供はあたりを見回した
が、込み上げるものを抑えるかのように胸と口を押さえた
すさまじい気持ちの悪さが彼女を襲っていた
―――いったい何が?
思い当たることは何もなかった
しかし、この感じは以前に体験したような気がした
翼が生えた日の晩―――子供はぼんやりと思い出す
(飢えて、どうしようもなくて店売りのものに手を出してしまった晩
あの夜もこんな感じだった・・あの時は焼きごての痛みのせいだと思っていたけど)
込み上げる悪寒に子供は身を折り息を荒げ耐えようとしていた
助けて、という言葉の代わりにごめんなさいと言う言葉が口から漏れる
あの時と同じように、きっとこれは何かの罰なのだ
闇天の子供はそう考えた
よくわからないけど、自分は何か悪いことをしたのだと
謝るべき相手もわからず、何について謝るのかもわからず、
助けてと、誰かに助けを請う代わりに彼女は苦しさに耐えながら誰にともなく謝り続けていた
それだけが、この苦しみから逃れるためのすべだとでもいうように・・
何かにすがるものを探すかのように子供の視線は宙を彷徨う
普通の子供なら助けを求めるべき親というものの存在を彼女は持っていなかった
そういうものがあるという知識があってもそれが普通の子供に何をするものかということを彼女は理解してなかった
そしてその親の代わりに彼女に保護を与える腕も今まで存在していなかった
最近、そういう存在を知りはしたが、それはこの世から消えていた
「・・・ラ・・」
その存在の名前を呼びかけて、子供は激しく首を振った
これ以上迷惑をかけてはいけない
彼が自分にしてくれたことを思い出すとこの場で名前を出すことさえ躊躇われた
苦しみに必死で耐える子供を内部から激しい衝撃が襲う
「あ・・・・くはっ・・・」
今まで堪えていた声をついに子供は漏らした
封印の魔方陣の描かれた背中がぼこっ、と動く
魔方陣が薄れ、現れる一対のこぶ
「あーーーーー!」
子供の絶叫とともに、背中のこぶが弾けた
現れたのは淡い青みががかった数枚の羽根
子供の血に染まった翼は子供の叫び声を糧にするかのようにゆっくりと大きくなっていく
身体を引き裂かれる痛みを、子供は気を失うこともできずに耐えていた
意識を失うことさえ許さないその痛みに朦朧となりながら子供はぼんやりと考えていた
―――いちゃいけないのにいるから、神様がおれを引き裂いているんだ
それに答えるかのように、彼女の背中にもう一対のこぶが蠢く
「あ・・・あっ・・・・」
前の羽根の出現が生み出した痛みが続く中、新しい痛みが彼女を襲う
声を出すだけでは耐え切れず涙を流す子供の背から、新しい羽根が、彼女の背中を突き破るように姿を現していた
―――存在するからの罰
その極論に達していた彼女は痛みで震える手で元から生えていた翼から羽根を引き抜いた
集中することも難しいその状態で、羽根に魔力を送り込む
手にした羽根はいつも以上に月の光を含んだように輝いた
「ラヴ・・?」
手にした硬質化した羽根を見つめる彼女を誰かが呼んだ
痛みを一瞬忘れ驚いたように声の方向を見る
透き通るような姿で銀髪の男が佇んでいた
「何が・・起こってる?」
めきめきと音が聞こえそうな勢いで伸びる羽の苦痛が再び彼女を襲う。唇をかみ締めて痛みを堪えるため、現れた男の問いに答えられず、ただ首を横に振った
「羽が・・・生えてきているのか・・・?」
男の声に子供は朦朧となった意識の中ぼんやりと顔を上げた
「・・・は・・ね・・?」
その言葉を聞くまで、子供は自分の身体に起こっている変化に気づいてなかった
「そのせいで・・・・?」
痛みにあえぎながら意識をしゃんとさせようと子供は再度頭を振った
彼女に近づきかけた男が何かに阻まれるように歩をとめた
二人の間を隔てる空間を手探りで探りながら、気遣うように声をかける
「痛むんだな。大丈夫か?」
男の声に子供は必死になって笑顔を浮かべようと努力した
「・・・・・へ、いき・・」
彼女が何とか普通にと出した声は、痛みによって途切れる
子供が何か特殊な空間に囲まれているのを確認した男は見えない壁に両手を押し当てた
「相変わらず、うそつきだな・・」
男の両手から力が放出される
それは彼女を囲う空間とせめぎ合ってきれいな光を生み出した
それを目の端に捕らえながら、絶え間なく襲う痛みに耐える彼女に、男は続けて声をかけた
「こういうときは痛いって言っていいんだ・・・助けてくれとどうして言わない・・」
「言って・・・・いいの?だって、これは・・・」
言いかけた彼女の言葉をさえぎって、最初に生え出した翼がその姿の全てを露わにした
―――これは、罰ではないの・・?逃れることを望んでもいいの?
その疑問を考える余裕は今の彼女にはなかった
なんにせよ、今この瞬間激痛が襲い、それから逃れるすべはないのだからそれに耐えるしかないのだ
壁を破ろうとする男の方へ目にも微かな月の光似た銀色の光が集まりだしていた
月の光に似た保護膜につつまれ痛みに耐えていた闇天の子供がふと、顔を上げた
「・・・・離れて・・」
絞り出すような声が漏れるより先に男は魔力の放出をやめ、見えない壁から体を離した
その空間に集まっていた銀の光が槍のように突き出して来る
「・・・ラヴを守っているのか・・?」
突き出した光は男が穴を開けていた場所をさらに厚く覆っていく
それを見ていた子供はほっとしたように溜息をついた
そしてゆっくりと顔を上げると青白い顔ににっこりと微笑を刻んだ
「・・へいき・・・大丈夫だから・・」
厚くなった膜に手を当て男は中の様子を覗き込む
にっこりとこちらを見る瞳は閉じられていた
ひざの上に落ちた腕の先にある硬質化した羽根がその足を傷つけていたがぴくりとも動く様子はなかった
「ラヴ・・・?」
安心させるための笑みを浮かべ、そしてやっと子供は気を失うことができたようだった
「ここから救わなくてもいいのならほかにも方法はある・・・」
男はそう呟くと子供を取り巻く壁に手を当て同調を始めた
「生身の身体じゃ無理だろうけどな・・。・・・・ん?」
幽体の姿に戻り、壁を通り抜けようとした男が怪訝そうに声を上げた
思ったより複雑な構造だった
彼女を取り巻く壁はここの次元だけではなくさらに何層もの次元にわたって防御をしている
―――ち、面倒な・・
内心の焦りを押しとどめ、男はそれぞれの次元の壁を越えていく
子供の横に辿り着いた時、男はかなりの魔力を使い果たしていた
「ラヴ・・?」
微笑を浮かべた子供からの答えはなかった
そのとき彼女の背中の翼が背から伸び始めた
子供の微笑が苦痛に歪む
再び感じ始めた痛みにぼんやりと目を開けた闇天の子供は自分のそばに立つ男に気がついた
「・・・ごめん・・ね?」
うっすらと微笑もうとした唇から謝罪の言葉が漏れる
「何を謝る・・?」
男は歩み寄り子供の頭に手を置いた
かき上げた髪の毛の間から額から突き出た小さな角が姿を現す
その異変に気づいていないであろう子供は痛みに途切れる言葉を必死につなごうと努力していた
「辛そうなとこ見せて・・心配させた・・・・・。無理させたから・・。だから・・ごめ・・・」
「俺がしたかったからそうしたんだ。気にするな・・・」
男は子供の頭を胸に抱き寄せ安心させるように頭を撫でてやる
そうしながら彼女の背中を覗き込んだ
新しく生えた羽の一対はまだその姿を全ては現してはいないようだった
「まだ、痛むか?」
自分に寄りかからせた子供に男は声をかける
男の見ている前で音さえ聞こえるような勢いで羽は伸び続けていた
子供の身体がその度に打ち震えるのが男自身の身体を通して伝わってくる
「・・・・へいき・・」
子供はそう呟くように言った
「またそういう強がりを・・」
その言葉に苦しそうな息のしたから必死に言葉を紡ぎ出そうとしていた
「大丈夫・・・きてくれたから・・・もうへいきだよ・・・?」
その言葉を証拠付けるかのように笑みを浮かべて見せようとする子供の手が男の手に爪を立てていた
気づいていないらしいその力は子供の言葉を裏切るように遥かに強く、深く爪あとを刻んでいた
「うそつき・・」
男の言葉にうっすらと笑みを浮かべる子供の顔は青白く、痛みを耐える為の汗が玉のように浮かんでいた
「・・・・ねぇ・・これは・・罰ではないの・・・・・?」
子供はやっとの思いで疑問を口に出した
子供の頭を撫でていた手が止まる
「・・・何の罰だ?」
子供は男の腕を掴んだまま無言で首を振る
背から伸びる羽の痛みになかなか声を出すことができない
「わかんない・・知らないうちに・・・・・酷い事した・・・かも・・・」
痛みに耐えかねて頭を沈み込ませながら途切れ途切れに呟く言葉は不確かだった
「・・・何の罪もない者に罰は与えられない」
男の手が慰めを与えるように再び子供の頭を撫で始める
―――たとえ本当に罪を犯していたとしても・・おまえが背負うことは決してない・・
男の心の中の呟きは苦しみに耐える子供には到底読み取ることはできなかった
「あっ・・・!」
突然子供が叫び声を上げ、男の腕に爪あとを残す
後から生えた羽がその姿を全て現したのだ
「大丈夫か・・?」
男の声に子供はやっと本当の笑みをその口元に浮かべた
「だいぶ・・ましになった・・・・」
その顔色はまだ白かったし、四肢は痛みに震えていたけれど、確かに先ほどよりは痛みは軽くなってきているようだった
「・・・よく頑張ったな・・」
子供の頭を撫でる手にわずかに力をこめる
子供は安心したように微笑んだ
その手に握られていた硬質化した羽根を男はそっと取り上げる
「・・・・罰なら・・と、思って・・」
男の手の中で普通の羽根に戻っていくさまを痛みに麻痺した頭でぼんやり見つめながら、子供はぽつりと呟いた
「俺と同じになっては駄目だと・・いったろ?・・・これは罰ではなく成長だ・・」
手の中の羽根を魔力で粉々にして男は子供の肩を抱き寄せた
「・・ん。罰じゃないなら・・がんばる・・・。身長も・・のびるかな・・・?」
答えた子供の翼はほとんどの成長を終えかけていた
痛みもなくなってきたらしく、子供は男の腕の中で静かな寝息を立て始めている
「・・・成長・・か・・・」
疲れきって眠る子供の頭を撫でながら男はポツリと呟いた
子供の住まいに深く月の光が差し込んだ
窓の影を超え、それは子供のところまで生き物のように深く差し込み、子供の姿を照らした
命を持った生き物のような月の魔力をを伴った光は子供の姿を包み込み、その額を中心として徐々に吸い込まれるように消えていく
そして子供を包んでいた光は消え、いつもの夜の姿が戻ってきた
その静かな夜の中で、子供が寝苦しそうに身をよじった
何度かの身じろぎの後、跳ねる様に飛び起きる
「・・・・?」
自分がなぜ起きたのかわからずに、闇天の子供はあたりを見回した
が、込み上げるものを抑えるかのように胸と口を押さえた
すさまじい気持ちの悪さが彼女を襲っていた
―――いったい何が?
思い当たることは何もなかった
しかし、この感じは以前に体験したような気がした
翼が生えた日の晩―――子供はぼんやりと思い出す
(飢えて、どうしようもなくて店売りのものに手を出してしまった晩
あの夜もこんな感じだった・・あの時は焼きごての痛みのせいだと思っていたけど)
込み上げる悪寒に子供は身を折り息を荒げ耐えようとしていた
助けて、という言葉の代わりにごめんなさいと言う言葉が口から漏れる
あの時と同じように、きっとこれは何かの罰なのだ
闇天の子供はそう考えた
よくわからないけど、自分は何か悪いことをしたのだと
謝るべき相手もわからず、何について謝るのかもわからず、
助けてと、誰かに助けを請う代わりに彼女は苦しさに耐えながら誰にともなく謝り続けていた
それだけが、この苦しみから逃れるためのすべだとでもいうように・・
何かにすがるものを探すかのように子供の視線は宙を彷徨う
普通の子供なら助けを求めるべき親というものの存在を彼女は持っていなかった
そういうものがあるという知識があってもそれが普通の子供に何をするものかということを彼女は理解してなかった
そしてその親の代わりに彼女に保護を与える腕も今まで存在していなかった
最近、そういう存在を知りはしたが、それはこの世から消えていた
「・・・ラ・・」
その存在の名前を呼びかけて、子供は激しく首を振った
これ以上迷惑をかけてはいけない
彼が自分にしてくれたことを思い出すとこの場で名前を出すことさえ躊躇われた
苦しみに必死で耐える子供を内部から激しい衝撃が襲う
「あ・・・・くはっ・・・」
今まで堪えていた声をついに子供は漏らした
封印の魔方陣の描かれた背中がぼこっ、と動く
魔方陣が薄れ、現れる一対のこぶ
「あーーーーー!」
子供の絶叫とともに、背中のこぶが弾けた
現れたのは淡い青みががかった数枚の羽根
子供の血に染まった翼は子供の叫び声を糧にするかのようにゆっくりと大きくなっていく
身体を引き裂かれる痛みを、子供は気を失うこともできずに耐えていた
意識を失うことさえ許さないその痛みに朦朧となりながら子供はぼんやりと考えていた
―――いちゃいけないのにいるから、神様がおれを引き裂いているんだ
それに答えるかのように、彼女の背中にもう一対のこぶが蠢く
「あ・・・あっ・・・・」
前の羽根の出現が生み出した痛みが続く中、新しい痛みが彼女を襲う
声を出すだけでは耐え切れず涙を流す子供の背から、新しい羽根が、彼女の背中を突き破るように姿を現していた
―――存在するからの罰
その極論に達していた彼女は痛みで震える手で元から生えていた翼から羽根を引き抜いた
集中することも難しいその状態で、羽根に魔力を送り込む
手にした羽根はいつも以上に月の光を含んだように輝いた
「ラヴ・・?」
手にした硬質化した羽根を見つめる彼女を誰かが呼んだ
痛みを一瞬忘れ驚いたように声の方向を見る
透き通るような姿で銀髪の男が佇んでいた
「何が・・起こってる?」
めきめきと音が聞こえそうな勢いで伸びる羽の苦痛が再び彼女を襲う。唇をかみ締めて痛みを堪えるため、現れた男の問いに答えられず、ただ首を横に振った
「羽が・・・生えてきているのか・・・?」
男の声に子供は朦朧となった意識の中ぼんやりと顔を上げた
「・・・は・・ね・・?」
その言葉を聞くまで、子供は自分の身体に起こっている変化に気づいてなかった
「そのせいで・・・・?」
痛みにあえぎながら意識をしゃんとさせようと子供は再度頭を振った
彼女に近づきかけた男が何かに阻まれるように歩をとめた
二人の間を隔てる空間を手探りで探りながら、気遣うように声をかける
「痛むんだな。大丈夫か?」
男の声に子供は必死になって笑顔を浮かべようと努力した
「・・・・・へ、いき・・」
彼女が何とか普通にと出した声は、痛みによって途切れる
子供が何か特殊な空間に囲まれているのを確認した男は見えない壁に両手を押し当てた
「相変わらず、うそつきだな・・」
男の両手から力が放出される
それは彼女を囲う空間とせめぎ合ってきれいな光を生み出した
それを目の端に捕らえながら、絶え間なく襲う痛みに耐える彼女に、男は続けて声をかけた
「こういうときは痛いって言っていいんだ・・・助けてくれとどうして言わない・・」
「言って・・・・いいの?だって、これは・・・」
言いかけた彼女の言葉をさえぎって、最初に生え出した翼がその姿の全てを露わにした
―――これは、罰ではないの・・?逃れることを望んでもいいの?
その疑問を考える余裕は今の彼女にはなかった
なんにせよ、今この瞬間激痛が襲い、それから逃れるすべはないのだからそれに耐えるしかないのだ
壁を破ろうとする男の方へ目にも微かな月の光似た銀色の光が集まりだしていた
月の光に似た保護膜につつまれ痛みに耐えていた闇天の子供がふと、顔を上げた
「・・・・離れて・・」
絞り出すような声が漏れるより先に男は魔力の放出をやめ、見えない壁から体を離した
その空間に集まっていた銀の光が槍のように突き出して来る
「・・・ラヴを守っているのか・・?」
突き出した光は男が穴を開けていた場所をさらに厚く覆っていく
それを見ていた子供はほっとしたように溜息をついた
そしてゆっくりと顔を上げると青白い顔ににっこりと微笑を刻んだ
「・・へいき・・・大丈夫だから・・」
厚くなった膜に手を当て男は中の様子を覗き込む
にっこりとこちらを見る瞳は閉じられていた
ひざの上に落ちた腕の先にある硬質化した羽根がその足を傷つけていたがぴくりとも動く様子はなかった
「ラヴ・・・?」
安心させるための笑みを浮かべ、そしてやっと子供は気を失うことができたようだった
「ここから救わなくてもいいのならほかにも方法はある・・・」
男はそう呟くと子供を取り巻く壁に手を当て同調を始めた
「生身の身体じゃ無理だろうけどな・・。・・・・ん?」
幽体の姿に戻り、壁を通り抜けようとした男が怪訝そうに声を上げた
思ったより複雑な構造だった
彼女を取り巻く壁はここの次元だけではなくさらに何層もの次元にわたって防御をしている
―――ち、面倒な・・
内心の焦りを押しとどめ、男はそれぞれの次元の壁を越えていく
子供の横に辿り着いた時、男はかなりの魔力を使い果たしていた
「ラヴ・・?」
微笑を浮かべた子供からの答えはなかった
そのとき彼女の背中の翼が背から伸び始めた
子供の微笑が苦痛に歪む
再び感じ始めた痛みにぼんやりと目を開けた闇天の子供は自分のそばに立つ男に気がついた
「・・・ごめん・・ね?」
うっすらと微笑もうとした唇から謝罪の言葉が漏れる
「何を謝る・・?」
男は歩み寄り子供の頭に手を置いた
かき上げた髪の毛の間から額から突き出た小さな角が姿を現す
その異変に気づいていないであろう子供は痛みに途切れる言葉を必死につなごうと努力していた
「辛そうなとこ見せて・・心配させた・・・・・。無理させたから・・。だから・・ごめ・・・」
「俺がしたかったからそうしたんだ。気にするな・・・」
男は子供の頭を胸に抱き寄せ安心させるように頭を撫でてやる
そうしながら彼女の背中を覗き込んだ
新しく生えた羽の一対はまだその姿を全ては現してはいないようだった
「まだ、痛むか?」
自分に寄りかからせた子供に男は声をかける
男の見ている前で音さえ聞こえるような勢いで羽は伸び続けていた
子供の身体がその度に打ち震えるのが男自身の身体を通して伝わってくる
「・・・・へいき・・」
子供はそう呟くように言った
「またそういう強がりを・・」
その言葉に苦しそうな息のしたから必死に言葉を紡ぎ出そうとしていた
「大丈夫・・・きてくれたから・・・もうへいきだよ・・・?」
その言葉を証拠付けるかのように笑みを浮かべて見せようとする子供の手が男の手に爪を立てていた
気づいていないらしいその力は子供の言葉を裏切るように遥かに強く、深く爪あとを刻んでいた
「うそつき・・」
男の言葉にうっすらと笑みを浮かべる子供の顔は青白く、痛みを耐える為の汗が玉のように浮かんでいた
「・・・・ねぇ・・これは・・罰ではないの・・・・・?」
子供はやっとの思いで疑問を口に出した
子供の頭を撫でていた手が止まる
「・・・何の罰だ?」
子供は男の腕を掴んだまま無言で首を振る
背から伸びる羽の痛みになかなか声を出すことができない
「わかんない・・知らないうちに・・・・・酷い事した・・・かも・・・」
痛みに耐えかねて頭を沈み込ませながら途切れ途切れに呟く言葉は不確かだった
「・・・何の罪もない者に罰は与えられない」
男の手が慰めを与えるように再び子供の頭を撫で始める
―――たとえ本当に罪を犯していたとしても・・おまえが背負うことは決してない・・
男の心の中の呟きは苦しみに耐える子供には到底読み取ることはできなかった
「あっ・・・!」
突然子供が叫び声を上げ、男の腕に爪あとを残す
後から生えた羽がその姿を全て現したのだ
「大丈夫か・・?」
男の声に子供はやっと本当の笑みをその口元に浮かべた
「だいぶ・・ましになった・・・・」
その顔色はまだ白かったし、四肢は痛みに震えていたけれど、確かに先ほどよりは痛みは軽くなってきているようだった
「・・・よく頑張ったな・・」
子供の頭を撫でる手にわずかに力をこめる
子供は安心したように微笑んだ
その手に握られていた硬質化した羽根を男はそっと取り上げる
「・・・・罰なら・・と、思って・・」
男の手の中で普通の羽根に戻っていくさまを痛みに麻痺した頭でぼんやり見つめながら、子供はぽつりと呟いた
「俺と同じになっては駄目だと・・いったろ?・・・これは罰ではなく成長だ・・」
手の中の羽根を魔力で粉々にして男は子供の肩を抱き寄せた
「・・ん。罰じゃないなら・・がんばる・・・。身長も・・のびるかな・・・?」
答えた子供の翼はほとんどの成長を終えかけていた
痛みもなくなってきたらしく、子供は男の腕の中で静かな寝息を立て始めている
「・・・成長・・か・・・」
疲れきって眠る子供の頭を撫でながら男はポツリと呟いた
2011/02/25 (Fri)
ああ しまった
たぶんこっちのがさっきの生い立ちより前になるんじゃあないか、、設定上
これは知り合いとの関連付けでできた話かな
かてぃおらがだれかというと
みくしでおれの背後と繋がってる人です(ばく
別大陸で知り合ってたけど
オールドで大変お世話になった感じでw
たぶんこっちのがさっきの生い立ちより前になるんじゃあないか、、設定上
これは知り合いとの関連付けでできた話かな
かてぃおらがだれかというと
みくしでおれの背後と繋がってる人です(ばく
別大陸で知り合ってたけど
オールドで大変お世話になった感じでw
「何で皆起きないんだよっ」
騒ぎの中紫の髪をした子供が奥へと駆け出した
入り口の方では門を破壊しようとする大きな音が鳴り響いている
走りついた奥の部屋を乱暴に開ける
「おっさんっ!」
寝台で死んだように眠っている部屋の主を乱暴に揺さぶる
それでも起きない男の頬を小さな手で乱暴にはたいた
「・・・・・ぅ・・・・・」
起こされた男はうめき声を上げうっすらと目をあけた
「・・・・・・・おっさんいうんじゃねぇ・・。酒・・・か。おめぇは・・・?」
「おいらは今日は見張りだったから呑まなかったんだっ早く起きろよっ」
夜の宴の酒に混入されていた薬のせいでまわらない頭を働かせようと男は身を起こしゆっくりあたりを見回した
「・・・・・門は・・破壊されたか・・・」
外の音に聞き耳を立て、状況を把握する
動きが鈍っている身体を重そうに動かし、男は得物をゆるゆると身に付けた
その間の見張りをするべく小さな短剣を持って入り口に張り付いている子供を片手で引っつかむ
「おっさん?」
屋敷の中の騒ぎはだんだんとこの奥の部屋にも近づいて来ていた
男は子供を窓の外へと突き出す
「・・・お・・・さん・・・?」
「身体を丸めろ。下の木の枝がお前を受け止める」
相手が自分を逃がそうとしているのに気がついて、子供は声を荒げた
「おっさんっ!おいらだって闘えるっ!」
子供の声は暗い宙に消えていく
「いい女になれよ・・・」
その声に向かって男はそう一言かけると腰の得物を抜き、きしむ扉に身構えた
顔に当たる陽にゆらりと子供は目をあける
身動きをすると揺れる場所に自分がいることに気がついてあたりを見回した
なんそうにも重なった木の枝の上、其処から見上げる崖の上に煙が上がっている
「・・・・・」
無言で唇を噛締めると子供は痛む身体を庇いつつ樹からそろそろと身体を降ろす
「おっさん・・・」
そう呟くと一人で冷たい風が吹く中ふらふらと歩き出した
その方向に町があるかさえ定かではなかった
数日後ふもとの街に小さな影が辿りついていた
痩せこけた姿がふらふらと街中を歩く
緑の茂る季節ならいざ知らず、冬の訪れるこの時期に小さな子供の手で探し出せる食料は殆どなかった
此処まで来る間、子供が口にしたのは僅かな木の実と水だけだった
陽が落ち夕餉の近い時刻だった
そこかしこから食事の美味しそうな匂いが漂ってくる
露天の店頭で持ち帰りように出来合いの食べ物が並べられていた
小さな子供のふらつく足がそれをみて止まる
頭ではいけない事だとわかっていたが、子供には抗えなかった
それほど子供は飢えていたから・・・死にそうなほどに
小さな手が隙をついて揚げ立ての食べ物を端から一つ盗み取る
それを口に入れようとしたその瞬間
大男が子供の首根っこを掴んで宙へ持ち上げた
「又かっ!」
掴む力さえなくなっていた子供のその手から食べ物は地に落ちていった
「次は二度としたくなくなる仕置きをすると言ってたのを嘘だと思っているな?!」
耳元で怒鳴る男の声さえ子供の耳には入らなかった
ぼんやりと地に落ちた食べ損ねた食べ物を子供はぼんやりと見つめていた
突然背中に激痛を感じて子供は身体が跳ねる様に動いた
背中でじゅううと焼ける音が響く
通りを歩く人が幾人か眉をしかめて足を止めたが、子供は気付かなかった
「痛いだろう!熱いだろう!これに懲りたらもう二度と盗みをするなっ!」
男が怒鳴るその向うで女の怒鳴り声が響いた
「あんたら、また店のもんに手をだしてっ!」
男が驚いたように声のほうをむく
驚きに緩んだ男の手から子供が小さな音とともに滑り落ち、その下に身体を横たえる
必死に動かそうとしたその手は子供の意思に反して動くことなく、食べ物の僅か手前で止まった
「あんたっ、そのこはこの街の子じゃないよっ!何してるんだいっ!」
男の妻らしい女の声が男を叱るとき子供の目は疲れたようにゆっくりと閉じていった
ぼんやりと目をあけると何処かの軒の下だというのに気がついた
白い靄がかかった様な意識の中あたりをゆっくりと見回すと先ほどの店の裏だと察しがついた
自分の身体にかけられた女性の上着を不思議そうに見つめていると元気な女の声が聞こえた
「目が覚めたかいっ?」
子供は小さく頷くとゆっくりと身を起こした
自分のしたことを思い出し小さく呟く
「・・・ごめん・・・」
子供は背中の痛みに一瞬息をのんで女のほうを窺い見た
「腹減ってたんだろうっ?失敗した奴だ、お食べ」
差し出された皿に載せられたものを見て子供の動きが止まる
「こっちこそ悪かったよ、とうちゃんが勘違いして一生消えない傷つけちゃったもんね」
「・・・・・・・悪いと・・・しっててやったから・・いい」
子供は小さく首を振った
「男の子かな?」
子供の顔を暫く見て女が尋ねた
暫く考える様子をしていた子供が小さく頷いた
「よかった。女の子だったらお嫁に行く先を保証しないといけないからねっ」
けらけらと笑いながら冗談らしいことをいって女は店のほうへ戻っていった
小さく溜息をつくと子供は皿の上の食べ物を手づかみでそろそろと食べ始めた
やっとのことで口にした食べ物はこの上ないご馳走だった
目に溢れる涙をこしこしと拭うと一生懸命貰った食事を口へと運んだ
久しぶりに膨らんだ腹に満足の溜息とつき、子供はぼんやりと屋台で立ち働く夫婦の姿を見ていた
仕事に忙しく声をかける隙もない夫婦の姿に小さな溜息をつくと、子供はその場をこっそりと離れた
子供のいた場所にはきちんとたたんだ上着と食べ物の入っていた皿が汚れないように木箱の上にそっと置かれていた
女がそれに気がついたときは街中の教会の十字架の上に月が止まっていた
「さぁむぅいーーー!」
白い羽を震わせてエンジェルの少女が思わず声を上げた
月光に照らされた敷地内の聖堂の扉をそっと閉める
どれだけ音を抑えても、先ほどの彼女の声のほうが遠くまで響いたはずだがそのことに気付いた様子もなかった
「こんな寒い日に忘れ物するなんてあたしのバカっ」
きれいに澄んだ声が敷地内に響く
冷え込む夜中
月明かりで必要ないと思われる灯りを消さないように、注意深く部屋へと戻りかけた少女の足がふと止まった
少女の目の先
物置小屋の戸が僅かに開いていた
几帳面なシスター達がそんな閉め方をするはずがない
そう考えた少女は手を腰にあて、仁王立ちになってその方向を睨み付けた
「あたしがやっつけてやるわっ!」
きっと泥棒が入り込んだと察した少女は握りこぶしを握り締めるとずんずんと音がするような歩きかたで歩き出した
「・・・・・」
息を潜め開いた入り口から中の様子を窺い見る
高窓から差し込む月明かりに照らされ、小屋の中は思ったより明るかった
だれもいない、そう見えたその瞬間、奥のほうでごとりと音がする
「だっだれっ!」
音に驚いて少女は思わず大声を上げて小屋の中へと踏み込んだ
薄暗い部屋の奥に、紫色の髪の毛が動いた
相手が自分より小さい子供だと気がついた少女は続けざまに声をかける
「キミ!そんなところで何やってるのよっ!」
「・・・・・るさい・・・」
少女が相手が普通じゃないのに気がついたのは、その小さな呻きにも似た声を聞いたからだった
「ちょっと、キミ、大丈夫っ!?」
「・・・・大丈夫だから・・収まったら出て行くから ・・・・あっ!・」
少女の方に小さな背を向けたその姿が苦しそうに丸くなる
その背から音を立て黒っぽい羽が弾ける様に飛び出した
あまりの出来事に息を飲み立ち尽くす少女の耳に、蹲った子供の荒い息遣いが聞こえる
「あ、あたしっ、シスター呼んでくるからっ!」
自分の手には負えないことだと判断した少女は、そう叫ぶと小屋の外へと飛び出していった
「・・・・・・」
人が来る、そう聞いた子供は痛みにうずく身体を必死の思いで動かして小屋の外へと出ようと足掻いた
「慈悲深い人の家だそうだから・・・少しの間ぐらい良いと思ったのに・・・」
荒い息遣いの下そう呟きながらやっとのことで入り口にしがみ付く
そして自分の行動に時間がかかりすぎた事に悔しそうに舌打ちを打った
先ほどのエンジェルの少女が数人のシスターを引きつれて転びそうな勢いでこちらに向かって走っていた
目を覚ますと何処かの部屋にいることに子供は気がついた
質素だけれどきちんと手入れの行き届いた部屋
ゆっくりと目を巡らせると其処に部屋の主らしいシスター姿の年配の女性が座って膝の本に目を落としていた
子供が自分を見た事に気がつくと女性はにっこりと微笑んだ
「気がついたようですね。具合はどうです?」
「・・・・・すぐ出る・・・」
「無理ですよ。まだ体力が戻っていないでしょう?」
暖かい布団とその声はずっと此処に身体を横たえていたい気にさせたが、
子供は自分の心に鞭をうってその誘惑から逃れようとした
「・・・・大丈夫。迷惑かけて・・・」
ベッドの横に立つと部屋の主に小さく頭を下げた
子供の様子に女はどうしようかという風情で膝の本を閉じ、傍らのチェストの上に置いた
「・・・あのね、行くところがないのならここにいて良いのですよ?」
女は俯いたままの子供にそういった
言い聞かせるように子供の顔を覗きこむようにして女は続けた
「ここは行く所のない子供達の生活をする場でもあるのです」
その言葉に思い出したように子供は顔を上げた
「・・・・・あの天使の女の子・・・・?」
「ええ。あなたを見つけたカティオラもここで生活をしているこの一人ですよ」
そのまま黙り込んだ子供を温かい目で見つめ女は子供の返事を待った
「・・・・・動くのがしんどくなくなるまで・・・」
小さな声で子供が渋々といった承諾の言葉を言うのを聞いて女の口元がほころんだ
「ええ、もちろんですよ。あなたの行く先が見つかるまでここで生活をね・・?」
何かを言いかけて女は思いついたように胸元で手を合わせた
「あなたの名前を聞いていませんでしたね。私はモーリア。此処の院長をしています。」
自己紹介をすると女は促すように子供の戸惑った顔を見つめた
「・・・小僧とか、ちびすけとか・・」
「それは呼び名でしょう?名は・・?」
「一番昔に呼ばれていたのは・・・Victimとか・・・」
「・・・・・・・・」
子供の言葉に何を思ったのか女は黙り込んだ
「ねぇ」
黙り込んだ女に子供は小さな声で呼びかけた
返事のかわりに微笑んで首をかしげた女に子供は俯いたまま問いかける
「此処は神様とかのうちなんだろう?」
「・・・ある意味そうですね。それがどうかしましたか?」
「おいら、前に神様を怒らせたんだ・・。だからここにいちゃいけないと思う」
子供の言葉に納得したような顔をして女は暖かい手で子供の頭をそっと撫でた
「此処の神様はその違います。あなたを怒ったりしませんよ」
小さく横に首を振る子供に女はふと顔を上げた
「・・・・・ええとね、さっきからハーブの香りがするのだけれど、あなた何か匂い袋でも持っているのかしら?」
女の言葉にはえたばかりの子供の羽が驚いたようにぴくりと動く
「・・・・?」
怪訝そうな顔の女に子供の声はますます小さくなる
「・・・・ごめん・・たぶん、おいらの・・・匂い・・・」
「まぁ!身体から花の匂いがするなんてなんて素敵なんでしょう」
女は確かめるように子供を抱きしめた
「本当によい香り・・・そうね、私が新しい呼び名を付けてあげましょう」
膝を突いて子供と同じ視線の高さになった女が困惑した子供の頬を撫でた
「ラヴェンディラというのはどうですか?あなたと同じ香りのする草の名前です」
「花や草の名前なんて女みたいで嫌だ・・・」
子供が女の子だと知っていたが、女はそれには触れずに微笑んだ
「小僧やちびすけとか・・・”犠牲”などよりはるかに良いと思いますよ」
ふてくされた子供を抱きしめ、背の羽を撫でながら女は子供に言い聞かせるように言った
「私の好きな花の一つですよ、ラヴェンディラ」
「このお金はどうしたの?」
カティオラは扉の前で足を止めた
(あー嫌だ、またヒスシスターが誰かをいじめてるー)
そのまま扉にそっと耳を近付ける
子供達が影でヒステリーおばさんと呼んでいるシスターの声が部屋の中で響いていた
「おいらのだよ」
「あなたが此処へ来た時には一文無しだったのはみんな知っています
どこから手に入れたのかおっしゃい 」
キンキンと響く声に眉をしかめながらカティオラは中の様子に聞き耳を立てた
「働いたんだ」
「此処の子供達は労働をしてもお金を貰うことなんかありません
どこから手に入れたんですか 」
だんだんと甲高くなっていくシスターの声に反して、応対している子供の声は淡々としている
(あの子だ・・んもう、あの人新しい子を見るとすぐいじめるんだからっ)
新しく入った子供を助けようとカティオラが扉に手をかけたとき、子供の声がぼそりと呟いた
「シスターでも子供の私物は見ないと、おいら聞いたんだけど・・・」
―――ぴしゃん!
「おだまんなさいっ!さぁ、誰から盗んだのかさっさといいなさいっ!」
肉をはたく音に続いて女の甲高い声が堰を切ったようにわめき始めた
(痛いところ突かれたから切れたんだわ・・)
カティオラは一瞬部屋に入るのを躊躇った
ああなるとあのシスターは誰の手にも負えなくなるのだ
(わ~ん、誰か通りかかってよー)
音を立てないように地団太を踏みながらエンジェルは辺りを見回すが、そう都合よく誰かがくるはずもなく
部屋の中で女の怒鳴り声はますます高くなっていった
「大体ね、人の目をきちんと見て言えないなんて、やましいことがあるに決まってるんだっ!」
言葉遣いもとてもシスターとは思えなくなってきている女に対する子供の声はあくまで淡々としていた
「おいらは人の目の奥を見ちゃいけないらしい」
「正直な人は人の目を見つめて話すのよっ!さぁ、目を開けて、誰からこのお金を盗ったか言うのよっ!」
部屋の中から柔らかい何かを硬いものにぶつけるような音が響く
(椅子に叩きつけられてるのかしら、助けないと)
再びカティオラが扉の取っ手に手をかけたとき子供の声が静かに響いた
「・・・言っとくけど、見たがったのはそっちだからな 責任は自分にあるんだぞ?」
「何を・・・さぁ・・・・・」
女の声が途切れたと思ったとたん、今までのわめき声よりも更に高く女の悲鳴が響いた
カティオラは今度は迷わず扉をあける
目の前に痣だらけの子供が部屋の隅を冷たく見つめていた
その視線の先を追うと、悲鳴を上げ続け頭を抱え縮こまるシスターの姿があった
「・・・・一体・・?」
「おいらの目の奥を見たからだろ・・・」
「それだけで、なんで・・」
子供を助けるために入ったはずのカティオラはシスターへと近づきかけた
「いやーーー!!こないで!!」
絶叫を上げるシスターの姿にカティオラの足はそこで止まる
「大抵のもんはおいらの目の奥覗くとそうなる」
響き渡る悲鳴に慌しい足音がこの部屋へと向かっていた
子供はそれを窺うように扉の方に視線を移した
シスターの悲鳴は止まったものの小さく怯えた様子は止まることがなかった
「何事です?」
騒ぎの固まりになった部屋の入り口で院長の静かな声が響いた
「目を見て盗ってない金を盗ったと言えといわれた」
それははしょりすぎでしょ、と子供の淡々とした説明にカティオラは心の中で突っ込みを入れる
「おいらの目、覗いちゃダメらしいって言ったんだけどな」
責任はあっちにあるというがごとく、こどもは隅ですくむシスターの方を見た
カティオラが近寄ることさえ拒んだ女は、院長が近寄ってくるとすがるように抱きついた
「目・・・ですか」
片手で十字架を握り締め、怯える女の背中をなでながら院長はポツリと呟いた
「院長様、この子、殴られてるんですよっ」
子供を庇おうと聞いてたことを話そうとするカティオラの声が聞こえないかのように、院長は怯える女から離れると、子供の手を取ってそこに膝まづいた
「・・・・・・・・・・・・・・鏡・・・よ」
あまりにも小さい声でそばにいるカティオラさえ聞き取れない呟き
何とか聞き取れた言葉の殆どは古い言葉で意味もわからず、何とかわかったのは鏡という言葉だけだった
院長の呟きが終わると同時に子供の様子が変化した
黙ったまま天空を見つめるその子供の目を、立ち上がった院長はそっとのぞきこんだ
「院長様っ?!」
尊敬する院長に何かあってはと近づきかけたカティオラを院長は片手を挙げて止める
「・・・・・・答えを手に入れたわ・・カティオラ、このこの羽根を一枚抜いてくれる?」
何が起こったのかわからず、言われるままカティオラは羽根をそっと抜いて院長に手渡した
「ちょっとね、ラヴェンディラを見てて頂戴ね」
羽根を受け取ると、院長は怯える女のほうへと近寄る
「さぁ、その悪夢を消してしまいましょうね」
怯える女の目を頭を身体をそっと羽根でなでていく
院長が離れると呆然としたシスターがそこに座り込んでいた
「・・・シスターミリア。何を見たのか私にはわかりません。ただあなたの見たものはあなたの中にいるものですよ。わかりますか?」
院長の言葉に呆然としていたシスターの表情が驚愕に染まる
状況が飲み込めず子供を抱えていたカティオラは何かに突き飛ばされてしりもちをついた
振り返ると怒り狂った形相の子供が院長を睨みつけていた
「今、おいらに何をした」
「・・・あなたの力を借りました」
静かな院長の声にも子供の怒りは収まる様子はなかった
「おいらを、消そうとしただろう」
「神の力を借りて、あなたから答えを頂いたのです」
「おいらを消そうとした! 信じてたのに!」
院長の声は子供の耳に入っているようには見えなかった
「院長はキミを助けようとしたのよ」
状況がわからないながらも、カティオラはその場をとりなそうと声をかける
「おいらを消そうと!」
急激な魔力の高まりを感じ取りその場にいたものが伏せると同時に、子供の周りで電気を帯びた爆発が起こった
崩れ落ちた窓から子供は走り出る
「ちょっと、此処は二階っ」
言いかけて窓に走りよるカティオラの目の前を紺色の翼が横切り天空へ消えていく
「・・・・あの子、誤解したまま・・」
背後に無念そうに呟く院長の声を聞き、カティオラは振り返る
「あたし、よくわからないんですけど・・」
無言で微笑むと院長はカティオラの頭をそっとなでた
その目は雪の降る天空を見えなくなった子供の姿を探して彷徨っていた
通りを駆け抜ける小さな影に店の女将は声をかけた
「よっ!何処行くんだい?教会のお使いかい?」
驚くように振り返った子供の表情がいつもの様子ではないことに気がつき、店の裏手に引きずり込む
「どうしたんだい?!誰かにいじめられたのかい?!」
女の言葉に子供は驚いたように女の顔を見上げた
その目に涙が盛り上がり流れたが、子供は乱暴にそれを袖で擦った
再び見上げたその顔は照れたように笑顔を見せていた
「ねぇ、これ受け取ってくれないかな・・?」
女の手を掴むと子供はポケットから何かを取り出しその手の中に落とした
ちゃらちゃらという金属音
「・・・これは・・?」
女の怪訝そうな声に子供は目をそらす
「・・・あんたあそこの店、よく覗いてたよね・・」
そういって通りの角の店を子供は顎で指し示した
怪訝そうな顔の女に笑顔を向けると子供はポツリと呟いた
「あの赤いショール・・・きっと似合うよ?」
あの服飾店の暖かそうなショール
ぽんと買うには値段が張りすぎてこっそりへそくりを貯めつつ、覗いては溜息をついていた
いつ見られていたんだろう
旦那でさえ気付きもしないというのに
そしてこの手の中の金は・・・
女のもの言いたげな顔に子供は再び笑顔を向ける
「買って上げたかったんだ。 あん時の礼は受け取ってもらえないだろうから、せめてと思ってさ・・・」
あのとき
この子供を助けたときに差し出した店の品物の値段に比べ、女の手の中の貨幣ははるかに越えていた
「・・・気持ちだけで十分だから・・これはあんたがとっておくんだ。あれはあたしのへそくりで買うんだから・・・」
子供の手を取って返そうとすると、子供は手を後ろに組んでそれを拒んだ
「やっぱり貯めてたんだ。その中にそれも入れてくれ。ちゃんとした金だよ。院長に頼んで余分な仕事をもらってそのかわりにもらったんだ。理由を聞いたらおっけいしてくれてさ・・だから安心して受け取って」
言いよどむように子供は言葉を切って俯いた
「おいら・・もういかないといけないみたいだから・・・」
小さな囁き声に女が聞き返そうとしたとき
元気の良い少女の声が響き渡った
「見つけたわよっ!!!」
建物の影から白い翼の少女が飛び出してきた
「あんた・・?」
こちらへ向かってくる少女と、自分のそばにいる子供を交互に見比べ女は戸惑った声を子供にかけた
「・・・よくしてくれてありがとう・・・」
子供はふわりと女の首を抱くと小さく呟きその場を駆け出した
その後を追い天使の少女が駆け抜けていくとき、女は子供にもう会えないのだと気がついた
こんなお金なんて・・
「・・・オイ!どうした?」
自分の夫が声をかけるまで、女は自分が泣いていることに気がつかなかった
「・・・なんでもないよ・・そう、なんでも」
女の言葉は嗚咽にとかわった
人ごみに紛れ街の門を軽々と越えていく姿にカティオラは叫んだ
「待ちなさいよっ!ちゃんと院長様のお話を聞きなさいっ!」
遠く離れた先で子供が立ち止まりゆらりと振り返った
「・・・おいらを消す理由を?」
小さい声だったがはっきりと聞こえたその声に再びカティオラは確信がもてないまま怒鳴った
「誤解なのよ!」
「・・・・どんな理由であれ結果は同じなんだろう?
神様はカティオラみたいなきれいな子が大事なんだ・・」
子供のいってる綺麗が見目の事ではないのは気がついた
「・・・生きているから神様が怒ってるんだ、わかってるんだけど・・おいらはまだ・・」
子供の向けた目にカティオラは言葉を失った
背をむけ去っていく子供にこらえきれず少女は叫んだ
「絶対!いつか捕まえて!話を聞かせるからねっ!」
「聞いてやらないから忘れなよ」
去っていく背に少女が燃えるような目で決意を固めているのに子供は気がつかなかった
騒ぎの中紫の髪をした子供が奥へと駆け出した
入り口の方では門を破壊しようとする大きな音が鳴り響いている
走りついた奥の部屋を乱暴に開ける
「おっさんっ!」
寝台で死んだように眠っている部屋の主を乱暴に揺さぶる
それでも起きない男の頬を小さな手で乱暴にはたいた
「・・・・・ぅ・・・・・」
起こされた男はうめき声を上げうっすらと目をあけた
「・・・・・・・おっさんいうんじゃねぇ・・。酒・・・か。おめぇは・・・?」
「おいらは今日は見張りだったから呑まなかったんだっ早く起きろよっ」
夜の宴の酒に混入されていた薬のせいでまわらない頭を働かせようと男は身を起こしゆっくりあたりを見回した
「・・・・・門は・・破壊されたか・・・」
外の音に聞き耳を立て、状況を把握する
動きが鈍っている身体を重そうに動かし、男は得物をゆるゆると身に付けた
その間の見張りをするべく小さな短剣を持って入り口に張り付いている子供を片手で引っつかむ
「おっさん?」
屋敷の中の騒ぎはだんだんとこの奥の部屋にも近づいて来ていた
男は子供を窓の外へと突き出す
「・・・お・・・さん・・・?」
「身体を丸めろ。下の木の枝がお前を受け止める」
相手が自分を逃がそうとしているのに気がついて、子供は声を荒げた
「おっさんっ!おいらだって闘えるっ!」
子供の声は暗い宙に消えていく
「いい女になれよ・・・」
その声に向かって男はそう一言かけると腰の得物を抜き、きしむ扉に身構えた
顔に当たる陽にゆらりと子供は目をあける
身動きをすると揺れる場所に自分がいることに気がついてあたりを見回した
なんそうにも重なった木の枝の上、其処から見上げる崖の上に煙が上がっている
「・・・・・」
無言で唇を噛締めると子供は痛む身体を庇いつつ樹からそろそろと身体を降ろす
「おっさん・・・」
そう呟くと一人で冷たい風が吹く中ふらふらと歩き出した
その方向に町があるかさえ定かではなかった
数日後ふもとの街に小さな影が辿りついていた
痩せこけた姿がふらふらと街中を歩く
緑の茂る季節ならいざ知らず、冬の訪れるこの時期に小さな子供の手で探し出せる食料は殆どなかった
此処まで来る間、子供が口にしたのは僅かな木の実と水だけだった
陽が落ち夕餉の近い時刻だった
そこかしこから食事の美味しそうな匂いが漂ってくる
露天の店頭で持ち帰りように出来合いの食べ物が並べられていた
小さな子供のふらつく足がそれをみて止まる
頭ではいけない事だとわかっていたが、子供には抗えなかった
それほど子供は飢えていたから・・・死にそうなほどに
小さな手が隙をついて揚げ立ての食べ物を端から一つ盗み取る
それを口に入れようとしたその瞬間
大男が子供の首根っこを掴んで宙へ持ち上げた
「又かっ!」
掴む力さえなくなっていた子供のその手から食べ物は地に落ちていった
「次は二度としたくなくなる仕置きをすると言ってたのを嘘だと思っているな?!」
耳元で怒鳴る男の声さえ子供の耳には入らなかった
ぼんやりと地に落ちた食べ損ねた食べ物を子供はぼんやりと見つめていた
突然背中に激痛を感じて子供は身体が跳ねる様に動いた
背中でじゅううと焼ける音が響く
通りを歩く人が幾人か眉をしかめて足を止めたが、子供は気付かなかった
「痛いだろう!熱いだろう!これに懲りたらもう二度と盗みをするなっ!」
男が怒鳴るその向うで女の怒鳴り声が響いた
「あんたら、また店のもんに手をだしてっ!」
男が驚いたように声のほうをむく
驚きに緩んだ男の手から子供が小さな音とともに滑り落ち、その下に身体を横たえる
必死に動かそうとしたその手は子供の意思に反して動くことなく、食べ物の僅か手前で止まった
「あんたっ、そのこはこの街の子じゃないよっ!何してるんだいっ!」
男の妻らしい女の声が男を叱るとき子供の目は疲れたようにゆっくりと閉じていった
ぼんやりと目をあけると何処かの軒の下だというのに気がついた
白い靄がかかった様な意識の中あたりをゆっくりと見回すと先ほどの店の裏だと察しがついた
自分の身体にかけられた女性の上着を不思議そうに見つめていると元気な女の声が聞こえた
「目が覚めたかいっ?」
子供は小さく頷くとゆっくりと身を起こした
自分のしたことを思い出し小さく呟く
「・・・ごめん・・・」
子供は背中の痛みに一瞬息をのんで女のほうを窺い見た
「腹減ってたんだろうっ?失敗した奴だ、お食べ」
差し出された皿に載せられたものを見て子供の動きが止まる
「こっちこそ悪かったよ、とうちゃんが勘違いして一生消えない傷つけちゃったもんね」
「・・・・・・・悪いと・・・しっててやったから・・いい」
子供は小さく首を振った
「男の子かな?」
子供の顔を暫く見て女が尋ねた
暫く考える様子をしていた子供が小さく頷いた
「よかった。女の子だったらお嫁に行く先を保証しないといけないからねっ」
けらけらと笑いながら冗談らしいことをいって女は店のほうへ戻っていった
小さく溜息をつくと子供は皿の上の食べ物を手づかみでそろそろと食べ始めた
やっとのことで口にした食べ物はこの上ないご馳走だった
目に溢れる涙をこしこしと拭うと一生懸命貰った食事を口へと運んだ
久しぶりに膨らんだ腹に満足の溜息とつき、子供はぼんやりと屋台で立ち働く夫婦の姿を見ていた
仕事に忙しく声をかける隙もない夫婦の姿に小さな溜息をつくと、子供はその場をこっそりと離れた
子供のいた場所にはきちんとたたんだ上着と食べ物の入っていた皿が汚れないように木箱の上にそっと置かれていた
女がそれに気がついたときは街中の教会の十字架の上に月が止まっていた
「さぁむぅいーーー!」
白い羽を震わせてエンジェルの少女が思わず声を上げた
月光に照らされた敷地内の聖堂の扉をそっと閉める
どれだけ音を抑えても、先ほどの彼女の声のほうが遠くまで響いたはずだがそのことに気付いた様子もなかった
「こんな寒い日に忘れ物するなんてあたしのバカっ」
きれいに澄んだ声が敷地内に響く
冷え込む夜中
月明かりで必要ないと思われる灯りを消さないように、注意深く部屋へと戻りかけた少女の足がふと止まった
少女の目の先
物置小屋の戸が僅かに開いていた
几帳面なシスター達がそんな閉め方をするはずがない
そう考えた少女は手を腰にあて、仁王立ちになってその方向を睨み付けた
「あたしがやっつけてやるわっ!」
きっと泥棒が入り込んだと察した少女は握りこぶしを握り締めるとずんずんと音がするような歩きかたで歩き出した
「・・・・・」
息を潜め開いた入り口から中の様子を窺い見る
高窓から差し込む月明かりに照らされ、小屋の中は思ったより明るかった
だれもいない、そう見えたその瞬間、奥のほうでごとりと音がする
「だっだれっ!」
音に驚いて少女は思わず大声を上げて小屋の中へと踏み込んだ
薄暗い部屋の奥に、紫色の髪の毛が動いた
相手が自分より小さい子供だと気がついた少女は続けざまに声をかける
「キミ!そんなところで何やってるのよっ!」
「・・・・・るさい・・・」
少女が相手が普通じゃないのに気がついたのは、その小さな呻きにも似た声を聞いたからだった
「ちょっと、キミ、大丈夫っ!?」
「・・・・大丈夫だから・・収まったら出て行くから ・・・・あっ!・」
少女の方に小さな背を向けたその姿が苦しそうに丸くなる
その背から音を立て黒っぽい羽が弾ける様に飛び出した
あまりの出来事に息を飲み立ち尽くす少女の耳に、蹲った子供の荒い息遣いが聞こえる
「あ、あたしっ、シスター呼んでくるからっ!」
自分の手には負えないことだと判断した少女は、そう叫ぶと小屋の外へと飛び出していった
「・・・・・・」
人が来る、そう聞いた子供は痛みにうずく身体を必死の思いで動かして小屋の外へと出ようと足掻いた
「慈悲深い人の家だそうだから・・・少しの間ぐらい良いと思ったのに・・・」
荒い息遣いの下そう呟きながらやっとのことで入り口にしがみ付く
そして自分の行動に時間がかかりすぎた事に悔しそうに舌打ちを打った
先ほどのエンジェルの少女が数人のシスターを引きつれて転びそうな勢いでこちらに向かって走っていた
目を覚ますと何処かの部屋にいることに子供は気がついた
質素だけれどきちんと手入れの行き届いた部屋
ゆっくりと目を巡らせると其処に部屋の主らしいシスター姿の年配の女性が座って膝の本に目を落としていた
子供が自分を見た事に気がつくと女性はにっこりと微笑んだ
「気がついたようですね。具合はどうです?」
「・・・・・すぐ出る・・・」
「無理ですよ。まだ体力が戻っていないでしょう?」
暖かい布団とその声はずっと此処に身体を横たえていたい気にさせたが、
子供は自分の心に鞭をうってその誘惑から逃れようとした
「・・・・大丈夫。迷惑かけて・・・」
ベッドの横に立つと部屋の主に小さく頭を下げた
子供の様子に女はどうしようかという風情で膝の本を閉じ、傍らのチェストの上に置いた
「・・・あのね、行くところがないのならここにいて良いのですよ?」
女は俯いたままの子供にそういった
言い聞かせるように子供の顔を覗きこむようにして女は続けた
「ここは行く所のない子供達の生活をする場でもあるのです」
その言葉に思い出したように子供は顔を上げた
「・・・・・あの天使の女の子・・・・?」
「ええ。あなたを見つけたカティオラもここで生活をしているこの一人ですよ」
そのまま黙り込んだ子供を温かい目で見つめ女は子供の返事を待った
「・・・・・動くのがしんどくなくなるまで・・・」
小さな声で子供が渋々といった承諾の言葉を言うのを聞いて女の口元がほころんだ
「ええ、もちろんですよ。あなたの行く先が見つかるまでここで生活をね・・?」
何かを言いかけて女は思いついたように胸元で手を合わせた
「あなたの名前を聞いていませんでしたね。私はモーリア。此処の院長をしています。」
自己紹介をすると女は促すように子供の戸惑った顔を見つめた
「・・・小僧とか、ちびすけとか・・」
「それは呼び名でしょう?名は・・?」
「一番昔に呼ばれていたのは・・・Victimとか・・・」
「・・・・・・・・」
子供の言葉に何を思ったのか女は黙り込んだ
「ねぇ」
黙り込んだ女に子供は小さな声で呼びかけた
返事のかわりに微笑んで首をかしげた女に子供は俯いたまま問いかける
「此処は神様とかのうちなんだろう?」
「・・・ある意味そうですね。それがどうかしましたか?」
「おいら、前に神様を怒らせたんだ・・。だからここにいちゃいけないと思う」
子供の言葉に納得したような顔をして女は暖かい手で子供の頭をそっと撫でた
「此処の神様はその違います。あなたを怒ったりしませんよ」
小さく横に首を振る子供に女はふと顔を上げた
「・・・・・ええとね、さっきからハーブの香りがするのだけれど、あなた何か匂い袋でも持っているのかしら?」
女の言葉にはえたばかりの子供の羽が驚いたようにぴくりと動く
「・・・・?」
怪訝そうな顔の女に子供の声はますます小さくなる
「・・・・ごめん・・たぶん、おいらの・・・匂い・・・」
「まぁ!身体から花の匂いがするなんてなんて素敵なんでしょう」
女は確かめるように子供を抱きしめた
「本当によい香り・・・そうね、私が新しい呼び名を付けてあげましょう」
膝を突いて子供と同じ視線の高さになった女が困惑した子供の頬を撫でた
「ラヴェンディラというのはどうですか?あなたと同じ香りのする草の名前です」
「花や草の名前なんて女みたいで嫌だ・・・」
子供が女の子だと知っていたが、女はそれには触れずに微笑んだ
「小僧やちびすけとか・・・”犠牲”などよりはるかに良いと思いますよ」
ふてくされた子供を抱きしめ、背の羽を撫でながら女は子供に言い聞かせるように言った
「私の好きな花の一つですよ、ラヴェンディラ」
「このお金はどうしたの?」
カティオラは扉の前で足を止めた
(あー嫌だ、またヒスシスターが誰かをいじめてるー)
そのまま扉にそっと耳を近付ける
子供達が影でヒステリーおばさんと呼んでいるシスターの声が部屋の中で響いていた
「おいらのだよ」
「あなたが此処へ来た時には一文無しだったのはみんな知っています
どこから手に入れたのかおっしゃい 」
キンキンと響く声に眉をしかめながらカティオラは中の様子に聞き耳を立てた
「働いたんだ」
「此処の子供達は労働をしてもお金を貰うことなんかありません
どこから手に入れたんですか 」
だんだんと甲高くなっていくシスターの声に反して、応対している子供の声は淡々としている
(あの子だ・・んもう、あの人新しい子を見るとすぐいじめるんだからっ)
新しく入った子供を助けようとカティオラが扉に手をかけたとき、子供の声がぼそりと呟いた
「シスターでも子供の私物は見ないと、おいら聞いたんだけど・・・」
―――ぴしゃん!
「おだまんなさいっ!さぁ、誰から盗んだのかさっさといいなさいっ!」
肉をはたく音に続いて女の甲高い声が堰を切ったようにわめき始めた
(痛いところ突かれたから切れたんだわ・・)
カティオラは一瞬部屋に入るのを躊躇った
ああなるとあのシスターは誰の手にも負えなくなるのだ
(わ~ん、誰か通りかかってよー)
音を立てないように地団太を踏みながらエンジェルは辺りを見回すが、そう都合よく誰かがくるはずもなく
部屋の中で女の怒鳴り声はますます高くなっていった
「大体ね、人の目をきちんと見て言えないなんて、やましいことがあるに決まってるんだっ!」
言葉遣いもとてもシスターとは思えなくなってきている女に対する子供の声はあくまで淡々としていた
「おいらは人の目の奥を見ちゃいけないらしい」
「正直な人は人の目を見つめて話すのよっ!さぁ、目を開けて、誰からこのお金を盗ったか言うのよっ!」
部屋の中から柔らかい何かを硬いものにぶつけるような音が響く
(椅子に叩きつけられてるのかしら、助けないと)
再びカティオラが扉の取っ手に手をかけたとき子供の声が静かに響いた
「・・・言っとくけど、見たがったのはそっちだからな 責任は自分にあるんだぞ?」
「何を・・・さぁ・・・・・」
女の声が途切れたと思ったとたん、今までのわめき声よりも更に高く女の悲鳴が響いた
カティオラは今度は迷わず扉をあける
目の前に痣だらけの子供が部屋の隅を冷たく見つめていた
その視線の先を追うと、悲鳴を上げ続け頭を抱え縮こまるシスターの姿があった
「・・・・一体・・?」
「おいらの目の奥を見たからだろ・・・」
「それだけで、なんで・・」
子供を助けるために入ったはずのカティオラはシスターへと近づきかけた
「いやーーー!!こないで!!」
絶叫を上げるシスターの姿にカティオラの足はそこで止まる
「大抵のもんはおいらの目の奥覗くとそうなる」
響き渡る悲鳴に慌しい足音がこの部屋へと向かっていた
子供はそれを窺うように扉の方に視線を移した
シスターの悲鳴は止まったものの小さく怯えた様子は止まることがなかった
「何事です?」
騒ぎの固まりになった部屋の入り口で院長の静かな声が響いた
「目を見て盗ってない金を盗ったと言えといわれた」
それははしょりすぎでしょ、と子供の淡々とした説明にカティオラは心の中で突っ込みを入れる
「おいらの目、覗いちゃダメらしいって言ったんだけどな」
責任はあっちにあるというがごとく、こどもは隅ですくむシスターの方を見た
カティオラが近寄ることさえ拒んだ女は、院長が近寄ってくるとすがるように抱きついた
「目・・・ですか」
片手で十字架を握り締め、怯える女の背中をなでながら院長はポツリと呟いた
「院長様、この子、殴られてるんですよっ」
子供を庇おうと聞いてたことを話そうとするカティオラの声が聞こえないかのように、院長は怯える女から離れると、子供の手を取ってそこに膝まづいた
「・・・・・・・・・・・・・・鏡・・・よ」
あまりにも小さい声でそばにいるカティオラさえ聞き取れない呟き
何とか聞き取れた言葉の殆どは古い言葉で意味もわからず、何とかわかったのは鏡という言葉だけだった
院長の呟きが終わると同時に子供の様子が変化した
黙ったまま天空を見つめるその子供の目を、立ち上がった院長はそっとのぞきこんだ
「院長様っ?!」
尊敬する院長に何かあってはと近づきかけたカティオラを院長は片手を挙げて止める
「・・・・・・答えを手に入れたわ・・カティオラ、このこの羽根を一枚抜いてくれる?」
何が起こったのかわからず、言われるままカティオラは羽根をそっと抜いて院長に手渡した
「ちょっとね、ラヴェンディラを見てて頂戴ね」
羽根を受け取ると、院長は怯える女のほうへと近寄る
「さぁ、その悪夢を消してしまいましょうね」
怯える女の目を頭を身体をそっと羽根でなでていく
院長が離れると呆然としたシスターがそこに座り込んでいた
「・・・シスターミリア。何を見たのか私にはわかりません。ただあなたの見たものはあなたの中にいるものですよ。わかりますか?」
院長の言葉に呆然としていたシスターの表情が驚愕に染まる
状況が飲み込めず子供を抱えていたカティオラは何かに突き飛ばされてしりもちをついた
振り返ると怒り狂った形相の子供が院長を睨みつけていた
「今、おいらに何をした」
「・・・あなたの力を借りました」
静かな院長の声にも子供の怒りは収まる様子はなかった
「おいらを、消そうとしただろう」
「神の力を借りて、あなたから答えを頂いたのです」
「おいらを消そうとした! 信じてたのに!」
院長の声は子供の耳に入っているようには見えなかった
「院長はキミを助けようとしたのよ」
状況がわからないながらも、カティオラはその場をとりなそうと声をかける
「おいらを消そうと!」
急激な魔力の高まりを感じ取りその場にいたものが伏せると同時に、子供の周りで電気を帯びた爆発が起こった
崩れ落ちた窓から子供は走り出る
「ちょっと、此処は二階っ」
言いかけて窓に走りよるカティオラの目の前を紺色の翼が横切り天空へ消えていく
「・・・・あの子、誤解したまま・・」
背後に無念そうに呟く院長の声を聞き、カティオラは振り返る
「あたし、よくわからないんですけど・・」
無言で微笑むと院長はカティオラの頭をそっとなでた
その目は雪の降る天空を見えなくなった子供の姿を探して彷徨っていた
通りを駆け抜ける小さな影に店の女将は声をかけた
「よっ!何処行くんだい?教会のお使いかい?」
驚くように振り返った子供の表情がいつもの様子ではないことに気がつき、店の裏手に引きずり込む
「どうしたんだい?!誰かにいじめられたのかい?!」
女の言葉に子供は驚いたように女の顔を見上げた
その目に涙が盛り上がり流れたが、子供は乱暴にそれを袖で擦った
再び見上げたその顔は照れたように笑顔を見せていた
「ねぇ、これ受け取ってくれないかな・・?」
女の手を掴むと子供はポケットから何かを取り出しその手の中に落とした
ちゃらちゃらという金属音
「・・・これは・・?」
女の怪訝そうな声に子供は目をそらす
「・・・あんたあそこの店、よく覗いてたよね・・」
そういって通りの角の店を子供は顎で指し示した
怪訝そうな顔の女に笑顔を向けると子供はポツリと呟いた
「あの赤いショール・・・きっと似合うよ?」
あの服飾店の暖かそうなショール
ぽんと買うには値段が張りすぎてこっそりへそくりを貯めつつ、覗いては溜息をついていた
いつ見られていたんだろう
旦那でさえ気付きもしないというのに
そしてこの手の中の金は・・・
女のもの言いたげな顔に子供は再び笑顔を向ける
「買って上げたかったんだ。 あん時の礼は受け取ってもらえないだろうから、せめてと思ってさ・・・」
あのとき
この子供を助けたときに差し出した店の品物の値段に比べ、女の手の中の貨幣ははるかに越えていた
「・・・気持ちだけで十分だから・・これはあんたがとっておくんだ。あれはあたしのへそくりで買うんだから・・・」
子供の手を取って返そうとすると、子供は手を後ろに組んでそれを拒んだ
「やっぱり貯めてたんだ。その中にそれも入れてくれ。ちゃんとした金だよ。院長に頼んで余分な仕事をもらってそのかわりにもらったんだ。理由を聞いたらおっけいしてくれてさ・・だから安心して受け取って」
言いよどむように子供は言葉を切って俯いた
「おいら・・もういかないといけないみたいだから・・・」
小さな囁き声に女が聞き返そうとしたとき
元気の良い少女の声が響き渡った
「見つけたわよっ!!!」
建物の影から白い翼の少女が飛び出してきた
「あんた・・?」
こちらへ向かってくる少女と、自分のそばにいる子供を交互に見比べ女は戸惑った声を子供にかけた
「・・・よくしてくれてありがとう・・・」
子供はふわりと女の首を抱くと小さく呟きその場を駆け出した
その後を追い天使の少女が駆け抜けていくとき、女は子供にもう会えないのだと気がついた
こんなお金なんて・・
「・・・オイ!どうした?」
自分の夫が声をかけるまで、女は自分が泣いていることに気がつかなかった
「・・・なんでもないよ・・そう、なんでも」
女の言葉は嗚咽にとかわった
人ごみに紛れ街の門を軽々と越えていく姿にカティオラは叫んだ
「待ちなさいよっ!ちゃんと院長様のお話を聞きなさいっ!」
遠く離れた先で子供が立ち止まりゆらりと振り返った
「・・・おいらを消す理由を?」
小さい声だったがはっきりと聞こえたその声に再びカティオラは確信がもてないまま怒鳴った
「誤解なのよ!」
「・・・・どんな理由であれ結果は同じなんだろう?
神様はカティオラみたいなきれいな子が大事なんだ・・」
子供のいってる綺麗が見目の事ではないのは気がついた
「・・・生きているから神様が怒ってるんだ、わかってるんだけど・・おいらはまだ・・」
子供の向けた目にカティオラは言葉を失った
背をむけ去っていく子供にこらえきれず少女は叫んだ
「絶対!いつか捕まえて!話を聞かせるからねっ!」
「聞いてやらないから忘れなよ」
去っていく背に少女が燃えるような目で決意を固めているのに子供は気がつかなかった
■
生い立ち
2011/02/25 (Fri)
OLに来る前の生活状況になりますか
その一部というか
でも多分確か
一番最初に書いたのがこれじゃあなかったかと思う
その一部というか
でも多分確か
一番最初に書いたのがこれじゃあなかったかと思う
―――どすん!!
安宿の壁に闇天の小さな子供の身体が叩き付けられた。下に滑り落ちたその身体は暫く動くことが無かったが。やがてむせるように身を折り咳き込んだ。
「お前があの時失敗しなかったら!今日はもっといい宿に!」
酒で顔を赤くした若い男は床に小さくなった闇天に指を突きつけつつそうわめき続けた。
暫くして。大人しくしている相手にわめくのに疲れたらしく、ふらつく足で男はベッドに向かい転がった。床にまるまって身動きしなかった闇天の子供はゆっくりと身を起こす。
ベッドで鼾をかいて寝ている男はこの町に来る前に知り合った相手だった。賞金稼ぎをしているという男の目標物の気を逸らすのを頼まれたのだったが、その一瞬ではこの男は仕留めることが出来なかったのだ。相手の言うことが間違っているのは知っていたが、あえて指摘する気にもならなかった。
(しかたない。次の時は目標を気絶させるか・・)
身体の痛むところをさすりつつ、ふらつく足で部屋に置かれたテーブルに向かう。
(腹減った・・)
テーブルにあるのは蓋の開いた数本の酒瓶だけ。闇天の子供は背伸びをすると瓶を集め、グラスに中身をあける。乱暴に飲み捨てたらしい瓶を集めると、グラスを満たすほどの酒が集まった。闇天の子供は小さな手で、そっと大事そうに抱えると入り口のそばへ行き、座り込んでちびちびと飲み始めた。
(弱いのが入り口を護る・・・)
今の連れに会う前に教わったことを忠実に守っていた。もとより、この部屋の主が、この子供にたった一つのベッドを譲るわけなど無いのだが。子供はグラスを大事そうにあけると、其処に蹲り自らの肩を抱きまどろんだ。男の鼾からすると昼前までは眠ることが出来そうだった。
夜はいつも酒場になる宿屋の下も、昼間は食事の取れる店だった。バイキング形式らしく料理の並ぶカウンターに何人もの大人が群れている。自分の身体では踏み潰されるか誰かを転ばすかだと心得て子供は近くの席にひっそりと座っていた。カウンターの向こうで店の店員らしい女が自分に向かって手招きしているのに気づいて小さく小首を傾げた。尚も笑顔で手招きをする女に、食料を確保し人の群れから離脱した連れを気にしつつ近づいた。
「あんた、連れは?」
女の問いに小さく頭をかしげ、席に着いた男を指し示す。食料争奪戦の戦利品に齧り付いてる男の姿に女は呆れた笑いを浮かべた。
「親じゃ・・ないよね?」
小さく頷く闇天の子供に女は手早く紙に包んだパンを子供に押し付けた。怪訝そうに見つめる子供に、女はしかめっ面をしてみせる。
「あの手の男は何人も見てるさ。あんたみたいな小さいこの世話なんかにとっても不向きな奴らをね。この町にいる間、困ったことあったらあたしんとこ、おいで。」
そういって笑いかけると、女は小さな子供の頭を撫でて背中を叩く。闇天の子供は貰ったパンを鞄に詰め込むと殆ど食べ物を平らげた連れの元へと小走りに近寄った。
「・・ちっ。今更来ても残ってねぇぞ。」
男はそういうと、満足そうに自分の腹を撫でつつ、食料が載っていたらしい皿を子供に向かって押しやった。大きな皿の片隅にデニッシュと果物が残っている。闇天の子供は大人しく座ると静かに食べだした。口に押し込まれても食わないとそういっている甘いデニッシュを男は子供に出会ってからいつも頼んでいた。それはたとえ昨日のように子供と諍いを起こしている最中でも変わらなかった。そのことを思うと子供の口元にひっそりと微笑が浮かんだが、誰も、本人さえもそれに気づかなかった。
裏通り。
一癖も二癖もありそうな怪しい大人が行き交う道の隅で蹲り、小さな闇天の子供は連れが正面の扉から出てくるのを大人しく待っていた。やがて重そうな扉をあけ、得意そうな顔をした連れが出てくるのをみて、子供はその場に立ち上がった。子供の連れは子供の前まで来るとにやりと笑みを浮かべ、手の中に握りこんだ水晶玉を子供に見せた。玉の向こうに一人の若い人物の顔が映し出される。
「覚えろ。こいつが今度のターゲットだ。」
頷きその顔を覚えこみつつ闇天の子供は眉をしかめた。そのターゲットはいつもの犯罪者とはどうも違って見えた。
「・・・頭使う奴・・?」
「知るか、そんなこと。俺が幸運だっただけだろ。こんな弱そうなのに金額いいんだ。誰かに取られる前でよかったぜ。」
「直接・・じゃないの?」
「ああ。他のと一緒に混じってたんだ。神様も捨てたもんじゃないらしい。」
嬉しそうにターゲットの移し絵をしまいこむ連れをみつつ、闇天の子供の眉は更にしかめられる。普通高額な賞金首は腕のいいヒットマンに直接売り込まれる。子供の連れのように腕の悪い物が漁る中に間違っても入れられることは無いのだ。わざと入れられたとすれば何かそれなりの理由があるはずだった。だが。闇天の子供の連れは、そのことに気がつく様子も無く無邪気に喜んでいる。
(仕事が済んだ後すぐ出れば大丈夫かな。)
闇天の子供は諦めたように小さく溜息をつくと、ターゲットを捜し歩き出した男の後ろに続いた。
ふと、子供が辺りを見回すと下町とは違う高級そうな建物が並ぶ通りへと来ていた。
「・・まてよ・・。こんなところに?」
闇天の子供があたりを見渡す。自分たちの姿がその場に不釣合いなのに気がついたのは子供だけのようだった。
「ああ。親切に場所まで教えてくれたんだ。流れ者に親切だよな、ここの組織って」
あんまりにも無邪気な男の言葉に子供の顔から血の気が引いた。
(金ももらえないと考えた方がいいかもな)
「あ、あいつだ。」
道の向こうからターゲットがこちらに向かって歩いてきている。自分たちと違うリラックスした表情。まるで世界の違う人物だと見ただけでわかる。子供の頭の中では警鐘が鳴り響いていた。
「・・・やめないか?」
「チャンスだ! 今あいつを止めろ!」
連れの男の号令に似た声に子供の声はかき消される。小さく舌打ちすると子供は威力と範囲を加減した雷撃を突き出した拳に乗せてターゲットに向かって放つ。不意をつかれたターゲットはもろに雷撃を受けその場に硬直する。その姿に向かって男は得物を一閃させる。
抵抗も無くターゲットはその場に倒れた。動かなくなったその姿を男は貰ってきた水晶玉に写し取る。
「早く行こうぜ、長居したくねぇ」
闇天の子供は男を急かした。時間的に人気の無い時間だとは言え、子供には自分たちの生活とは違うリズムで暮らしている世界に見えた。いつ誰に見られるかわからず、不安が増す。そんな子供の不安にも気づかず、連れは念のためと再度証拠を取ろうとしていた。
「先行くぞっ」
足早に歩き出した子供の後を意気揚々とした表情で連れの男は追いかけた。
二人の後ろには寝静まった住宅街と一人の男の死体が転がっていた。
「ほら、見ろよ♪」
扉から出てきた男は人のいない路地まで連れの子供を引っ張ると皮袋の口を開けて中身を見せた。見た事もない量の金が詰まっている。
「・・・金・・出たのか・・」
「当たり前だろ。良くやってくれたって手渡ししてもらったぜ」
嬉しそうにいう男の顔を呆れたように見上げ、袋の中身を別に移すことを助言する。その言葉も聞かずに子供に一掴みの金を取り出して渡すと、男は軽く手を振った。
「先に宿帰っとけ。ベッドも使っていいぞ。俺は久しぶりに綺麗なねぇちゃんと楽しんでくるからさ♪」
まてと言いかけた子供の言葉も聞かずに、連れの男は夜の街に浮かれた足取りで消えて行く。闇天の子供は小さく溜息をつくと貰った金をしっかりと握り締め安宿へと足を向けた。
朝方になっても連れが帰ってくる様子はなかった。ベッドの足元には荷造りされた二人分の荷物。久しぶりに使うベッドに身体がなれないせいか子供の眠りは浅かった。いつも以上に耳は聞こえていた。やがて聞こえてくるこの時間帯に相応しくない人の足音。闇天の子供は身を起こし自分の荷物を身に着けた。足音を忍ばせ窓によると、こっそりと窓を開いた。夜明け前の暗闇に僅かに残る夜の灯りが浮かぶ。ロープの端ををベッドの足に結び付けると窓枠に置いた。部屋の扉をあけ、連れの男が入ってきたときには、闇天の子供は男の荷物を手にとって窓辺に佇んでいた。
「・・やばい・・」
男の言葉に子供は頷いた。男に向かって荷物を投げる。闇天の子供は呆然とした顔をしてる男から視線を外すと、ドアの向こうを窺った。階段を上がってくる何人かの足音。
「階段上がってくる奴らだけ・・?」
ロープを下ろしつつ子供は男に問いかける。
「・・・わからない・・。夢中で逃げてきたから。」
下に人気の無いのを確認すると、顎をしゃくって連れの男にロープを降りるように促す。闇天の子供の耳には用心深い足音が階段を上がりきろうとしてるのが聞こえていた。
「早くおりろ。」
言われるがまま男が下に降りて行く様子を見届けると子供は扉の向こうの様子を窺い続ける。足音をしのばせ扉の向こうでこちらを窺う気配。窓を背にした闇天の子供の片腕が電気の青い光に包まれる。向こうから攻撃してくる為には扉の前に立たなくてはいけない、そのタイミングを子供の耳は聞き逃すことがなかった。
―――ガガ・・・・ン!!!
闇天の子供の腕から放たれた雷撃は扉ごと外の敵を焼き尽くした。その結果をかくにんする事もなく、子供の姿は窓の外へ飛び出す。翼を翻し下へ降りつつ、男を運び終えたロープを断ち切る。
「・・おい・・」
「とにかくこの街を出よう」
下で待つ男にそう言い放つと子供は先に立って歩き出した。
「一体なにが起こってるんだ・・」
子供の連れは尚も状況が把握出来ていないようだった。
「たぶん・・利用されたんだろ・・・・」
この街では手を出せないターゲットを仕留めるための生贄に。子供の耳は油断することなく辺りの音を探り続ける。追っ手は先ほどの数人だけではなかったようだった。子供は追っ手のいないほうへと歩き出しながら街の地理を記憶できていない自分を呪っていた。有翼種なら地理の把握など必要ないのだ。だが子供の連れは飛べなかった。子供は追っ手に追い込まれているのに気づいていたが抜け道を探し出せなかった。
「・・・このままでは・・」
立ち止まってあたりを見回した。追っ手の少ないところを突破するべきか、このまま戦闘を避け逃げ道を探すか。判断しかねて子供は連れの顔を見上げた。連れの男は何を考えているかわからない顔でこちらを見ている。子供は安心させるように微笑んで見せた。
「・・大丈夫。助ける。」
自分のその言葉に決心を固めると子供は男の手を引き一つの建物の中へ入りこんだ。足音を忍ばせ屋上まで来ると下を覗き込んだ。
「・・・・まだ・・気づかれてないかな・・」
男の方を振り返ると建物の向こうを指し示した。建物の屋根が連なっている。
「おいらが助けるから、此処を越えて追っ手の後ろへ出よう。」
そういうと子供は連れの男に片手を差し出した。男は無言でいわれるがままに動く。人が一人では飛べない距離を、自分が浮力をつけることで子供は建物の屋根を数度、男を飛ばしてやった。追っ手の気配とすれ違ったのを確認しつつそのまま暫く屋根の上を移動する。
「・・・このまま見つからないように街を出れば大丈夫だ・・」
相変わらず連れの子供に読み取れない表情を浮かべたまま、男は子供を見つめていた。
「高いとこ嫌いか・・?」
読み取れない表情に不安感を覚えて子供が連れに問いかける。思いつめたように男が重そうな口を開きかけた。
「・・・なぁ、おまえ・・」
その言葉を闇天の子供は手を上げて押しとどめた。巻いたはずの追っ手が近くまでやってきていた。地面ではなく、二人と同じように屋根を伝って。
「街の外れまで来たってのにな・・」
子供は一番先の脱出に使ったロープを男の手に掴ませた。怪訝そうにそれをみる男の背中を追っ手とは反対へと押す。
「此処はおいらが何とかするから、いけ。」
「まてよ・・おまえ、なんで一人で逃げないんだ?」
男の言葉に闇天の子供は不思議そうに振り返った。男は子供には読み取れない表情で相手を見つめていた。
「なんで・・・?」
「おまえなら一人で逃げ切れるだろう・・?なんで俺なんかに付き合ってるんだ?」
闇天の子供は男から視線を外すと、背に迫ってきている追っ手に向き直った。子供の言葉を聞くまで動きそうにない男に何か言わねばと子供は思考を巡らした。
「・・・パン・・。美味かったからな・・。」
背中の男がどういう表情をしたのか、子供は見ることが出来なかった。追っ手はすぐ其処までやってきていた。男を庇いまだ見えない追っ手に向かおうとしている子供を、男は信じられないものを見るような目で見ていた。まだ背後にいる男に子供は声をかける。
「街を出ててくれ。そして別の街へ。追っ手をまいて追うから・・」
男は子供の背後で呆然とした顔で顔を横に振っていた。次の街の名前が何故でないか。頭のめぐりの悪い男の頭でも今回は理解できた。此処で別れると子供はいっているのだと。自分の所に帰ってこないかもしれないのだと。信じられないもの・・その子供は小さな身体に魔力をため男の目の前で自分の盾になろうとしていた。闇天の子供はそんな連れから意識を追っ手へと集中させた。逃げるならともかくも迎え撃った経験などあまりなかった。そして。足元の建物にはまだ眠っている人たちがいるはずだった。
(あんまり大きい力は使えない・・。狙い撃てればいいんだけど・・)
そんなことを思いつつ子供は振り下ろす両手に魔力を集め雷撃を追っての気配のある方向へ解き放った。建物の上に置かれていた荷物や廃材をなぎ倒し、その力は向こうの建物の屋上を一掃した。黒装束の影のような人影が三人ふらりと立ち上がるのが煙の向こうに見えた。暗殺専門のような凄み・・それを感じて子供は手の中の汗を握り締める。
その瞬間。子供の視界は黒い布によって遮られた。その上からきつく抱きしめられる。子供は今起きてる現状を把握できず動きを止めた。自分が魔力封じの布で包まれ、連れの男に抱きすくめられているのがわかったのは布の外で魔力弾が掠めて行くのに気づいたときだった。
「コレと俺の腹の盾でお前が死ぬことはないだろ・・」
布越しに聞こえてくる男の小さな呟き。男のあまりの力に動くことさえ出来ず子供は呆然とする。
「難を言えば・・若すぎることぐらいか・・」
その瞬間、布越しに凄まじい衝撃が襲う。二度、三度、続く攻撃。その度に自分を抱えているものの身体が弾ける様な衝撃を伝えてくる。だが、その腕はきつく万力のように固定され闇天の子供の動きを奪っていた。自分では何も出来ずに目の前で人の命が奪われていく、その恐怖に子供の頭は麻痺していった。何度目かの衝撃のあと男の身体は子供を抱えたまま静かにうつぶせに倒れた。布越しに暖かい血潮が子供の身体を浸していく。暖かいそれとは反対に、子供を硬く抱きすくめる連れの身体は冷たさを増していった。男が死んだ証拠を写し取る気配。子供の生死を確認することなく、追っ手は去っていった。たぶん子供の殺しまでは受けていなかったのだろう。
だいぶたって、子供はやっとのことで連れの身体の下から這い出すことが出来た。堅く抱きすくめたその腕は男が死んだ後も緩むことはなく、さらに始まった硬直になかなか動くことが出来なかったのだ。姿の変わり果てた連れの姿を見て闇天の子供はぼんやりと呟いた。
「ねぇ・・・あんた・・死んじまったの?」
転がったそれは答えることはなかった。男の身体におちる水滴を見つけ子供はぼんやりと空を見上げた。
「・・・天気・・いいのに・・。なんで雨が・・。」
散らばった荷物を集めると、子供は小さく溜息を力なく男の姿を後にした。子供の頬にだけ雨が伝っていた。
安宿の壁に闇天の小さな子供の身体が叩き付けられた。下に滑り落ちたその身体は暫く動くことが無かったが。やがてむせるように身を折り咳き込んだ。
「お前があの時失敗しなかったら!今日はもっといい宿に!」
酒で顔を赤くした若い男は床に小さくなった闇天に指を突きつけつつそうわめき続けた。
暫くして。大人しくしている相手にわめくのに疲れたらしく、ふらつく足で男はベッドに向かい転がった。床にまるまって身動きしなかった闇天の子供はゆっくりと身を起こす。
ベッドで鼾をかいて寝ている男はこの町に来る前に知り合った相手だった。賞金稼ぎをしているという男の目標物の気を逸らすのを頼まれたのだったが、その一瞬ではこの男は仕留めることが出来なかったのだ。相手の言うことが間違っているのは知っていたが、あえて指摘する気にもならなかった。
(しかたない。次の時は目標を気絶させるか・・)
身体の痛むところをさすりつつ、ふらつく足で部屋に置かれたテーブルに向かう。
(腹減った・・)
テーブルにあるのは蓋の開いた数本の酒瓶だけ。闇天の子供は背伸びをすると瓶を集め、グラスに中身をあける。乱暴に飲み捨てたらしい瓶を集めると、グラスを満たすほどの酒が集まった。闇天の子供は小さな手で、そっと大事そうに抱えると入り口のそばへ行き、座り込んでちびちびと飲み始めた。
(弱いのが入り口を護る・・・)
今の連れに会う前に教わったことを忠実に守っていた。もとより、この部屋の主が、この子供にたった一つのベッドを譲るわけなど無いのだが。子供はグラスを大事そうにあけると、其処に蹲り自らの肩を抱きまどろんだ。男の鼾からすると昼前までは眠ることが出来そうだった。
夜はいつも酒場になる宿屋の下も、昼間は食事の取れる店だった。バイキング形式らしく料理の並ぶカウンターに何人もの大人が群れている。自分の身体では踏み潰されるか誰かを転ばすかだと心得て子供は近くの席にひっそりと座っていた。カウンターの向こうで店の店員らしい女が自分に向かって手招きしているのに気づいて小さく小首を傾げた。尚も笑顔で手招きをする女に、食料を確保し人の群れから離脱した連れを気にしつつ近づいた。
「あんた、連れは?」
女の問いに小さく頭をかしげ、席に着いた男を指し示す。食料争奪戦の戦利品に齧り付いてる男の姿に女は呆れた笑いを浮かべた。
「親じゃ・・ないよね?」
小さく頷く闇天の子供に女は手早く紙に包んだパンを子供に押し付けた。怪訝そうに見つめる子供に、女はしかめっ面をしてみせる。
「あの手の男は何人も見てるさ。あんたみたいな小さいこの世話なんかにとっても不向きな奴らをね。この町にいる間、困ったことあったらあたしんとこ、おいで。」
そういって笑いかけると、女は小さな子供の頭を撫でて背中を叩く。闇天の子供は貰ったパンを鞄に詰め込むと殆ど食べ物を平らげた連れの元へと小走りに近寄った。
「・・ちっ。今更来ても残ってねぇぞ。」
男はそういうと、満足そうに自分の腹を撫でつつ、食料が載っていたらしい皿を子供に向かって押しやった。大きな皿の片隅にデニッシュと果物が残っている。闇天の子供は大人しく座ると静かに食べだした。口に押し込まれても食わないとそういっている甘いデニッシュを男は子供に出会ってからいつも頼んでいた。それはたとえ昨日のように子供と諍いを起こしている最中でも変わらなかった。そのことを思うと子供の口元にひっそりと微笑が浮かんだが、誰も、本人さえもそれに気づかなかった。
裏通り。
一癖も二癖もありそうな怪しい大人が行き交う道の隅で蹲り、小さな闇天の子供は連れが正面の扉から出てくるのを大人しく待っていた。やがて重そうな扉をあけ、得意そうな顔をした連れが出てくるのをみて、子供はその場に立ち上がった。子供の連れは子供の前まで来るとにやりと笑みを浮かべ、手の中に握りこんだ水晶玉を子供に見せた。玉の向こうに一人の若い人物の顔が映し出される。
「覚えろ。こいつが今度のターゲットだ。」
頷きその顔を覚えこみつつ闇天の子供は眉をしかめた。そのターゲットはいつもの犯罪者とはどうも違って見えた。
「・・・頭使う奴・・?」
「知るか、そんなこと。俺が幸運だっただけだろ。こんな弱そうなのに金額いいんだ。誰かに取られる前でよかったぜ。」
「直接・・じゃないの?」
「ああ。他のと一緒に混じってたんだ。神様も捨てたもんじゃないらしい。」
嬉しそうにターゲットの移し絵をしまいこむ連れをみつつ、闇天の子供の眉は更にしかめられる。普通高額な賞金首は腕のいいヒットマンに直接売り込まれる。子供の連れのように腕の悪い物が漁る中に間違っても入れられることは無いのだ。わざと入れられたとすれば何かそれなりの理由があるはずだった。だが。闇天の子供の連れは、そのことに気がつく様子も無く無邪気に喜んでいる。
(仕事が済んだ後すぐ出れば大丈夫かな。)
闇天の子供は諦めたように小さく溜息をつくと、ターゲットを捜し歩き出した男の後ろに続いた。
ふと、子供が辺りを見回すと下町とは違う高級そうな建物が並ぶ通りへと来ていた。
「・・まてよ・・。こんなところに?」
闇天の子供があたりを見渡す。自分たちの姿がその場に不釣合いなのに気がついたのは子供だけのようだった。
「ああ。親切に場所まで教えてくれたんだ。流れ者に親切だよな、ここの組織って」
あんまりにも無邪気な男の言葉に子供の顔から血の気が引いた。
(金ももらえないと考えた方がいいかもな)
「あ、あいつだ。」
道の向こうからターゲットがこちらに向かって歩いてきている。自分たちと違うリラックスした表情。まるで世界の違う人物だと見ただけでわかる。子供の頭の中では警鐘が鳴り響いていた。
「・・・やめないか?」
「チャンスだ! 今あいつを止めろ!」
連れの男の号令に似た声に子供の声はかき消される。小さく舌打ちすると子供は威力と範囲を加減した雷撃を突き出した拳に乗せてターゲットに向かって放つ。不意をつかれたターゲットはもろに雷撃を受けその場に硬直する。その姿に向かって男は得物を一閃させる。
抵抗も無くターゲットはその場に倒れた。動かなくなったその姿を男は貰ってきた水晶玉に写し取る。
「早く行こうぜ、長居したくねぇ」
闇天の子供は男を急かした。時間的に人気の無い時間だとは言え、子供には自分たちの生活とは違うリズムで暮らしている世界に見えた。いつ誰に見られるかわからず、不安が増す。そんな子供の不安にも気づかず、連れは念のためと再度証拠を取ろうとしていた。
「先行くぞっ」
足早に歩き出した子供の後を意気揚々とした表情で連れの男は追いかけた。
二人の後ろには寝静まった住宅街と一人の男の死体が転がっていた。
「ほら、見ろよ♪」
扉から出てきた男は人のいない路地まで連れの子供を引っ張ると皮袋の口を開けて中身を見せた。見た事もない量の金が詰まっている。
「・・・金・・出たのか・・」
「当たり前だろ。良くやってくれたって手渡ししてもらったぜ」
嬉しそうにいう男の顔を呆れたように見上げ、袋の中身を別に移すことを助言する。その言葉も聞かずに子供に一掴みの金を取り出して渡すと、男は軽く手を振った。
「先に宿帰っとけ。ベッドも使っていいぞ。俺は久しぶりに綺麗なねぇちゃんと楽しんでくるからさ♪」
まてと言いかけた子供の言葉も聞かずに、連れの男は夜の街に浮かれた足取りで消えて行く。闇天の子供は小さく溜息をつくと貰った金をしっかりと握り締め安宿へと足を向けた。
朝方になっても連れが帰ってくる様子はなかった。ベッドの足元には荷造りされた二人分の荷物。久しぶりに使うベッドに身体がなれないせいか子供の眠りは浅かった。いつも以上に耳は聞こえていた。やがて聞こえてくるこの時間帯に相応しくない人の足音。闇天の子供は身を起こし自分の荷物を身に着けた。足音を忍ばせ窓によると、こっそりと窓を開いた。夜明け前の暗闇に僅かに残る夜の灯りが浮かぶ。ロープの端ををベッドの足に結び付けると窓枠に置いた。部屋の扉をあけ、連れの男が入ってきたときには、闇天の子供は男の荷物を手にとって窓辺に佇んでいた。
「・・やばい・・」
男の言葉に子供は頷いた。男に向かって荷物を投げる。闇天の子供は呆然とした顔をしてる男から視線を外すと、ドアの向こうを窺った。階段を上がってくる何人かの足音。
「階段上がってくる奴らだけ・・?」
ロープを下ろしつつ子供は男に問いかける。
「・・・わからない・・。夢中で逃げてきたから。」
下に人気の無いのを確認すると、顎をしゃくって連れの男にロープを降りるように促す。闇天の子供の耳には用心深い足音が階段を上がりきろうとしてるのが聞こえていた。
「早くおりろ。」
言われるがまま男が下に降りて行く様子を見届けると子供は扉の向こうの様子を窺い続ける。足音をしのばせ扉の向こうでこちらを窺う気配。窓を背にした闇天の子供の片腕が電気の青い光に包まれる。向こうから攻撃してくる為には扉の前に立たなくてはいけない、そのタイミングを子供の耳は聞き逃すことがなかった。
―――ガガ・・・・ン!!!
闇天の子供の腕から放たれた雷撃は扉ごと外の敵を焼き尽くした。その結果をかくにんする事もなく、子供の姿は窓の外へ飛び出す。翼を翻し下へ降りつつ、男を運び終えたロープを断ち切る。
「・・おい・・」
「とにかくこの街を出よう」
下で待つ男にそう言い放つと子供は先に立って歩き出した。
「一体なにが起こってるんだ・・」
子供の連れは尚も状況が把握出来ていないようだった。
「たぶん・・利用されたんだろ・・・・」
この街では手を出せないターゲットを仕留めるための生贄に。子供の耳は油断することなく辺りの音を探り続ける。追っ手は先ほどの数人だけではなかったようだった。子供は追っ手のいないほうへと歩き出しながら街の地理を記憶できていない自分を呪っていた。有翼種なら地理の把握など必要ないのだ。だが子供の連れは飛べなかった。子供は追っ手に追い込まれているのに気づいていたが抜け道を探し出せなかった。
「・・・このままでは・・」
立ち止まってあたりを見回した。追っ手の少ないところを突破するべきか、このまま戦闘を避け逃げ道を探すか。判断しかねて子供は連れの顔を見上げた。連れの男は何を考えているかわからない顔でこちらを見ている。子供は安心させるように微笑んで見せた。
「・・大丈夫。助ける。」
自分のその言葉に決心を固めると子供は男の手を引き一つの建物の中へ入りこんだ。足音を忍ばせ屋上まで来ると下を覗き込んだ。
「・・・・まだ・・気づかれてないかな・・」
男の方を振り返ると建物の向こうを指し示した。建物の屋根が連なっている。
「おいらが助けるから、此処を越えて追っ手の後ろへ出よう。」
そういうと子供は連れの男に片手を差し出した。男は無言でいわれるがままに動く。人が一人では飛べない距離を、自分が浮力をつけることで子供は建物の屋根を数度、男を飛ばしてやった。追っ手の気配とすれ違ったのを確認しつつそのまま暫く屋根の上を移動する。
「・・・このまま見つからないように街を出れば大丈夫だ・・」
相変わらず連れの子供に読み取れない表情を浮かべたまま、男は子供を見つめていた。
「高いとこ嫌いか・・?」
読み取れない表情に不安感を覚えて子供が連れに問いかける。思いつめたように男が重そうな口を開きかけた。
「・・・なぁ、おまえ・・」
その言葉を闇天の子供は手を上げて押しとどめた。巻いたはずの追っ手が近くまでやってきていた。地面ではなく、二人と同じように屋根を伝って。
「街の外れまで来たってのにな・・」
子供は一番先の脱出に使ったロープを男の手に掴ませた。怪訝そうにそれをみる男の背中を追っ手とは反対へと押す。
「此処はおいらが何とかするから、いけ。」
「まてよ・・おまえ、なんで一人で逃げないんだ?」
男の言葉に闇天の子供は不思議そうに振り返った。男は子供には読み取れない表情で相手を見つめていた。
「なんで・・・?」
「おまえなら一人で逃げ切れるだろう・・?なんで俺なんかに付き合ってるんだ?」
闇天の子供は男から視線を外すと、背に迫ってきている追っ手に向き直った。子供の言葉を聞くまで動きそうにない男に何か言わねばと子供は思考を巡らした。
「・・・パン・・。美味かったからな・・。」
背中の男がどういう表情をしたのか、子供は見ることが出来なかった。追っ手はすぐ其処までやってきていた。男を庇いまだ見えない追っ手に向かおうとしている子供を、男は信じられないものを見るような目で見ていた。まだ背後にいる男に子供は声をかける。
「街を出ててくれ。そして別の街へ。追っ手をまいて追うから・・」
男は子供の背後で呆然とした顔で顔を横に振っていた。次の街の名前が何故でないか。頭のめぐりの悪い男の頭でも今回は理解できた。此処で別れると子供はいっているのだと。自分の所に帰ってこないかもしれないのだと。信じられないもの・・その子供は小さな身体に魔力をため男の目の前で自分の盾になろうとしていた。闇天の子供はそんな連れから意識を追っ手へと集中させた。逃げるならともかくも迎え撃った経験などあまりなかった。そして。足元の建物にはまだ眠っている人たちがいるはずだった。
(あんまり大きい力は使えない・・。狙い撃てればいいんだけど・・)
そんなことを思いつつ子供は振り下ろす両手に魔力を集め雷撃を追っての気配のある方向へ解き放った。建物の上に置かれていた荷物や廃材をなぎ倒し、その力は向こうの建物の屋上を一掃した。黒装束の影のような人影が三人ふらりと立ち上がるのが煙の向こうに見えた。暗殺専門のような凄み・・それを感じて子供は手の中の汗を握り締める。
その瞬間。子供の視界は黒い布によって遮られた。その上からきつく抱きしめられる。子供は今起きてる現状を把握できず動きを止めた。自分が魔力封じの布で包まれ、連れの男に抱きすくめられているのがわかったのは布の外で魔力弾が掠めて行くのに気づいたときだった。
「コレと俺の腹の盾でお前が死ぬことはないだろ・・」
布越しに聞こえてくる男の小さな呟き。男のあまりの力に動くことさえ出来ず子供は呆然とする。
「難を言えば・・若すぎることぐらいか・・」
その瞬間、布越しに凄まじい衝撃が襲う。二度、三度、続く攻撃。その度に自分を抱えているものの身体が弾ける様な衝撃を伝えてくる。だが、その腕はきつく万力のように固定され闇天の子供の動きを奪っていた。自分では何も出来ずに目の前で人の命が奪われていく、その恐怖に子供の頭は麻痺していった。何度目かの衝撃のあと男の身体は子供を抱えたまま静かにうつぶせに倒れた。布越しに暖かい血潮が子供の身体を浸していく。暖かいそれとは反対に、子供を硬く抱きすくめる連れの身体は冷たさを増していった。男が死んだ証拠を写し取る気配。子供の生死を確認することなく、追っ手は去っていった。たぶん子供の殺しまでは受けていなかったのだろう。
だいぶたって、子供はやっとのことで連れの身体の下から這い出すことが出来た。堅く抱きすくめたその腕は男が死んだ後も緩むことはなく、さらに始まった硬直になかなか動くことが出来なかったのだ。姿の変わり果てた連れの姿を見て闇天の子供はぼんやりと呟いた。
「ねぇ・・・あんた・・死んじまったの?」
転がったそれは答えることはなかった。男の身体におちる水滴を見つけ子供はぼんやりと空を見上げた。
「・・・天気・・いいのに・・。なんで雨が・・。」
散らばった荷物を集めると、子供は小さく溜息を力なく男の姿を後にした。子供の頬にだけ雨が伝っていた。
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