「港に出入りしてる貿易関係でたまに贈答品が来るのは知ってるよね」
二人きりの国王執務室でアンスは口を開いた。
柔らかな太陽の光が執務室の窓から入ってくる。
アンスは友人にソファに座るように促した。
絵を動かし隠し戸棚から酒瓶とグラスを取り出す。
「俺は・・」
「これもそのとき贈られたものだけど」
小さなグラスに赤い酒が注がれた。陽の光にルビー色の光が踊る。
「港からまとめて贈られてくる場合があってね。
さっきのアレは布にくるまれたまま何本も贈られた酒瓶に混じっていたものだよ」
昼からの酒はと断わりかける闇エルフの鼻を芳醇な香がくすぐる。
国王は迷いなくグラスを取りくぃっと飲み干した。
「すべてが私のところへ来るものではなく、一部は私が見る前に下げ渡されたりどこかで使われたりする」
グラスを前に話に耳を傾けてる闇エルフの前でアンスは自分のグラスに二杯目を注いだ。
「私だけを狙うには確実性にかけると思うんだが」
闇エルフはグラスには手をつけず考え込む。
「国王ではなく・・・国を、ということかな」
怪訝そうな顔で国王は先を促す。
「いや、俺にもよくわからない だけど国に混乱を招くならこういう方法もありかと思っただけなんだけどね」
闇エルフの言葉に国王は難しい表情を浮かべた。
「なるほど、注意しておこう 注意してしすぎることもないしね」
考え込んだ国王を後に、闇エルフは国王の執務室を出た。
いつもつれて歩く青黒い龍は、国王に呼ばれた際に先に帰らせている。
「街によるか・・」
古物商で古い資料から先ほどの術式のヒントの欠片でも出てこないかとあてのない望みを描きながら、闇エルフは王宮の門を出ようとしていた。
落ち始めた陽の光の中、自分の先を行く青紫の頭の小さな影を見つける。
「あ・・」
そのとたん、先ほどの酒瓶にかけられていた術式の一欠けらがその脳裏に踊る。
闇天使が海底の一族の魔物を返しに走った走りぬけた先にあった古の遺跡の魔術。
何かが繋がる気がして文天祥は闇天使の方へ走った。
「ディラ!ちょっと、ちょっといいかな?」
声をかけられた闇天使は振り返りもせず手の中の菓子の欠片を口の中に放り込んだ。
王宮を出る際に白い猫に残りもどうぞと持たされた包みだった。
「てんー?あんまり走ると転ぶぞ?」
手の中にはらしくもなく菓子の入った袋を提げている。
ディラらしくないと思いつつもその思考は今思いついたことに押しのけられる。
あの騒ぎの際、あの遺跡を興味深げに見ていた闇天使の伴侶の新緑エルフ。
彼ならあの遺跡について自分より何か知ってることがあるかもしれない。
「ディラ、レヴィンさんは今日あえる?!」
その言葉、【レヴィン】という言葉に足を止め、闇天使はくるりと振り返った。
その顔はあからさまに不機嫌そうだ。
「あ・・・」
いけないこといったかな、と己の口を押さえる闇エルフにラヴェンディラはぼそりと答えた
「レヴは・・いない」
闇エルフが何か言う前に闇天使は両手に拳を握り締めうめくように続けた。
「一週間以上も!おれをほったらかして海底遺跡に居座り続けた挙句!ちょっと調べものってどっかでかけやがった!」
ほうっておかれたのがかなり不満だったのか闇天使の手がふるふると震えている。
あまりの剣幕に二の句が接げない闇エルフに闇天使は普通の顔に戻って小首をかしげた。
「で、レヴに何の用だったんだ?」
「レヴィンさん、あの遺跡調べてたよね?ちょっと聞いてみたいことがあって」
横に並び歩き出した闇エルフと歩調をあわせながら闇天使は手元の菓子を差し出す。
闇エルフは軽く頭を下げ菓子を手に取ると口に放り込んだ。
ワインをあきらめた渇いた口に焼き菓子の甘さが広がる。
「レヴの部屋にまとめた資料はあるかもしれないけど・・」
闇エルフは顔色を変え手を上げた。
主のいない魔術師の部屋に入るなどという大それたことは求めていない。
殺されても文句の言えないことだ。
「入るためには3~4回死ぬ覚悟無いと無理」
「そりゃそうだよな」
同業者としてさもありなんと頷く闇エルフに気づかないように、闇天使は続ける。
「前に一回入って中の酒飲み干したら、トラップの難易度があがっちゃってさ」
つまんなさそうに続ける闇天使の顔を文天祥はぎょっとした顔で覗き込む。
「それでもチャレンジしてみたら、下の部屋が半壊しちゃって」
本当にこの夫婦の仲はうまくいってるんだろうか、一瞬そう思い闇エルフはまじまじと闇天使の顔を見た
「それでやめてたらなんていったと思う?すっごい残念そうに「もうチャレンジしないのデスか?」だって」
軽い眩暈を覚えて文天祥は自分のこめかみを押さえた。
どうやらこの夫婦のコミュニケーションは彼の常識の範囲を超えているらしい。
「ま、、まぁ、ほどほどに、ね」
返す言葉も見つからず、闇エルフは複雑な笑みを浮かべてとりあえずの言葉を返す。
この夫婦が郊外の城に住んでいてよかった、下町なら夫婦喧嘩で居住をなくす家族が何人出ることやら、闇エルフはそんな心配をしながら闇天使の差し出す菓子を受け取り口に運ぶ
甘すぎず軽い口当たりについ勧められるまま口に入れてしまう。
闇天使は空になった包みを綺麗にたたむと服のポケットにしまいこんだ。
「そういえば、まとめる前のメモなら暖炉の前に少しはあった気がする」
「本当かい?」
もしかするとそこにあの術式を解く鍵があるかもしれない。
文天祥は藁にもすがる気持ちで花の香のする闇天使に聞いてみた。
「それを見せてもらうわけにはいかないかな?」
軽く首を振りついて来いという仕草をすると闇天使は先にたって自分のうちへと歩き出した
一筋の明かりを見つけた気持ちで闇エルフはその小柄な姿を追いかけた。
「それがレヴが遺跡で書いてきたメモだけど、読める?」
暖炉に薪を放り込みながら闇天使は膨大な量のメモを前にして呆然としている闇エルフに尋ねた。
新緑エルフは海底のあの遺跡のいけるところ、ありとあらゆる所について調べ上げたらしい。
「此処片付ける時間も惜しかったみたいでさ、何時もなら綺麗に処分していくんだけど」
少しどころではない、書棚などに収まりそうも無い膨大な資料に頭が真っ白になりかけていた闇エルフは暖炉の火の暖かさに我を取り戻し紙の束を一つ手に取った
一瞬記号の羅列に見え眉をしかめた。
何度か見直して文字のくせを読み取る。
その書類は極端な癖字の上にあらゆる字が略されていた。
自分のためだけの、できるだけ早く脳裏に浮かんだものを書き留めるための手法のようだ。
数枚の紙を見比べその字を確定し脳内変換していく。
確かに書き手のように酷い癖はあるがそれは見慣れると揺れも無く一定の規則で書かれたかのように細かな記録であることがわかった。
「うん・・・読める・・」
そのまま黙り込んで書類を見つめる文天祥をみて闇天使は軽く頭をかいた。
「銀桜」
闇天使の声にどこからかふわりと光り輝く妖精が現れた。
小さな身体で大きな口をあけて何か叫ぼうとしたその身体をつかむと、闇天使は自分の口に指を当てて黙るように指示する。
口を閉じた妖精を宙に放してやると闇天使は指示を与えた。
「ウーのところいって、てんを今日預かると言って来い」
大好きな主人の言葉に妖精は部屋の中をぐるぐると踊るように飛び回り、ふっと消えた。
そんな間も闇エルフは書類から目を離すことは無かった。
相当集中しているらしい。
その客人のために食事でも作るか、と闇天使は厨房へと向かった。