「それなに?!おれ聞いてないぞ!」
驚愕の声の後、闇天使の大声が港に響いた。
先ほどまであった人だかりはすでに三々五々に散っている。
数人がこちらを振り返りはしたが、人が出会い別れる場所でのこと、またかという顔をして己の行く道に目を戻す。
「てん、どういうこと?おれに内緒でそんな話でてんの?」
詰め寄る闇天使に文天祥は片手を上げた。
「ディラ、落ち着いて。そんな話は俺も聞いてない」
「なんで?てんも聞いてないのにそんなはな、、」
詰め寄る闇天使の口の中に背の高い青年の手から甘い飴が押し込まれた。
大きめの飴に闇天使はもごもごと話を中断する。
青年に闇エルフが感謝の視線を送ると、青年はほ、っと微笑んだ。
「それではそのような話は単なる噂、ということございますね」
何か言いたげな顔をして口の中の飴と格闘している闇天使を視線で押さえ、闇エルフは青年に向かってはっきりと言い切る。
「アクサスが開戦するということはありません」
いまだ口の中の飴と格闘している闇天使は困惑した顔できょとんと二人を見ている。
「そんな噂、どこで聞かれたんですか?」
港から海底都市への道へ足を踏み出して闇エルフは青年に尋ねた。
進みだした方向に闇天使も青年も釣られるようについてくる。
「えぇと、あちこちでございますね」
いまだもごもごと口を動かすばかりで何もいえない闇天使をひょいと自分の肩の上に乗せると青年は答えた。
「一箇所じゃ、ないんですか?」
青年の上で更に何かいいたげな闇天使をチラッと見、再び青年に視線を移し闇エルフは尋ねた。
「最初聞いて、直接うかがいましょうと旅にでたところで何箇所か同じお話が耳に入りましたので」
「・・・・・」
そのまま黙って文天祥は海底都市への階段のひとつを降りはじめた。
朝の明るい日差しが海底ドームの中に華やかな光を躍らせる。
「なんとも幻想的でございますねぇ」
うっとりとした様子で千歳がそのドームを仰いだ。
つられて天を仰いだ闇エルフのその目の先に青年の上にまだいる闇天使がはいる。
闇天使の口にはまだ飴玉が入っているようで口を押さえてじっとしている。
「何らかの悪意を感じますね」
階段から街へと足を踏み出し闇エルフは呟いた。
「ふにあ」
やっと口がつかえるようになったらしい闇天使が声を出した。
どうやら何が、といっているようだった。
「確かに噂かもしれないけど、聞いた人がディラのような反応をし始めたら?」
きょとんとした闇天使を苦笑交じりの笑みで闇エルフは見上げた。
「無いはずの戦争が始まってしまうかもしれないだろ?」
「さようでございますね」
闇エルフの言葉に考え込むように青年は足元を見つめた。
古い石畳が道を覆っている。
「どちらへ向かわれるのでしょうか?」
ふと、思い出したように青年は文天祥に問いかけた。
「ああ、ごめん ディラと知り合いのところに行こうかとしてたんです」
通りの奥へと向かう道を進みながら闇エルフは答えた。
「ん。。」
青年の上で闇天使が声を上げた。
「てん、今日は やめよう」
何かに気づいた猟犬のように闇天使は進行方向をひたとみつめた。
この場に相応しくない匂いがしていた。
もうすんではいるようで静かな気配ではあるものの。
だが、青年と闇エルフは不思議そうな顔をしたもののその方向へ歩を進める。
「これは・・・」
闇天使が最初に気づいたにおいに、闇エルフも青年も気づいたらしい。
視野が開けると、住宅街の一角が黒く焼け落ちていた。
───なるほどな、居住まい変える訳だ
ふわりと羽も出さずに身軽に闇天使は青年の肩の上からとびおりた。
「ディラ、これは・・」
「・・・うん、とりあえず出直そう」
踵を返そうとしたところ千歳が遠くを指し示した。
一面焼け野原になった奥のほうでうごめく姿がある。
「あちらにお人がおいでになるようでございますよ。こちらの方がどうされたか伺ってまいりましょう」
止めるまもなくその人影に近づいていく青年を闇天使は腕を組んで見ていた。
その横に闇エルフがつぃと近寄る。
「・・・この辺の訛りじゃないね」
耳を欹てていた闇エルフがぽつりと呟いた。
「水棲族じゃ、ないしな」
つれの青年が戻ってくる様子を気配だけで感じながら二人はそのまま黙り込んだ。
「何もご存じないそうでございますよ、困りましたね」
「いいよ、またきてみるし、教会のほうでも見て帰ろうぜ」
申し訳なさそうに帰ってきた千歳の手を引いて闇天使は元着た道と別の道を歩き始めた。
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