王宮の廊下から地下牢へ続く階段を真っ白い猫は全速力で走っていた。
はふはふと息が切れ地下牢の扉の前で一息つく。
白い太いしっぽを揺らし身体を揺らし毛を膨らませた。
一気に力を貯め中へと駆け込む。
「お嬢様ー!」
静かな地下牢に白猫の声が大きく響いた。
「あれ?シャオ?」
奥の隅の檻から闇天使の声が響く。
「お嬢様!そこでしたか!今猫が出して差し上げますからね!」
龍都の内務官でもある白い猫は故あって闇天使の家でメイドの真似事をしている。
その為にこの闇天使をお嬢様と呼んでいるのだ。
よく考えれば国王の妻でもあるこの猫のほうが、闇天使に敬意を持って呼ばれるべきところなのだが、お互い二人は気にしてないらしい。
「誰かいないのですか?!此処の牢を開けなさい!!」
大声で叫びながら白猫は後ろ足で立ち上がり牢の扉に飛びついた。
「あ・・」
闇天使の声は一瞬遅く、白い猫は自分の飛びついた勢いで開いた牢の扉に撥ね返されてころころと転がった。
「あ・・れ??」
猫らしい敏捷さで立ち上がると白猫は不思議そうに牢の扉を見つめた。
耳障りな音を立てて扉はゆらゆらと動いている。
「鍵が?」
「うん、かかってないよ」
鼻先で扉を自分が通れる程度に押し開け猫は闇天使のいる牢内へするりと身を押し込んだ。
牢の中の寝台に座り込んで闇天使はぼんやりと座り込んでいる。
「ではなぜ此処にいらっしゃるので?」
尋ねながら白猫は闇天使のひざの上に上がりこんだ。
「静かだからな」
闇天使の言葉に首をかしげながら白猫は前足を折り込んで丸くなる。
しっぽをゆらりと揺らすと居心地よさそうに目を閉じた。
その毛に片手をもぐりこませると闇天使は再び思考に沈み込む。
闇天使を此処へつれてきた兵士は
「案内をといわれただけですので」
そういってにっこりと立ち去ったのだが、偶然それを見かけたらしい別の兵士が入れ違いで此処へ来た。
「ラヴェンディラ様」
水棲の一族の様相をした男は声をかけると頭を下げて挨拶をした。
「シン、か 随分兵士らしくなったじゃん」
挨拶に笑みを返した闇天使にシンは再び深く頭を下げた。
闇天使は以前この男の一族と関わった事がある。
闇天使の胸に埋め込まれた青緑の石はこの一族の族長から預かったものである。
この一族が守っている魔物を偶然にも育てた縁もあってか、この一族からは恩人のような扱いを受けている。
「畏れ入ります、族長からの伝言をあずかっております」
怪訝そうな顔を向けるとシンは声を少し落とし続けた。
「我が一族は暫く居住まいを移します ご挨拶に伺えない不調法をお許しいただきたいと」
先を続けるように闇天使は目で水棲族の男に合図をしたが、男はただ黙って頭を下げた。
これ以上は言えないらしい。
煽れば乗ってくる族長の甥っ子とは違い、兵士として更に訓練されたこの男は喋るまいと踏んで闇天子は肩をすくめた。
「了解、族長に息災でと」
「はいっ、必ずお伝えいたします」
恩人からの伝言をあずかることが名誉のように、嬉しそうにシンは踵を返した。
「なんだかなぁ・・」
座り込んで毛並みをなでる闇天使に猫は薄目を開けた。
静かで考え込むには丁度よいと開いてた牢の中に入り込んで暫くたつ。
飲めない酒と急にいなくなる古よりの一族。
繋がりそうで繋がらないその二つの事柄が頭からはなれず座り込んでいたわけだが。
「情報が少ないってことだよな」
どこにも結びつかない思考をやめ闇天使は腰を上げた。
くつろいでいた猫は重々その膝から降り身体を伸ばした。
「何の情報ですかね?」
不思議そうに尋ねる猫のために牢の扉を開けてやりながら闇天使は答えた。
「それさえもわかんないんだな、これが」
闇天使の先を歩く猫がふこふこのしっぽを揺らす
「それは困りましたね」
「うん、困ってる」
階段を上がると明るい日差しが二人に降り注いだ・
「内務室で美味しいお茶を飲めばいい案が浮かぶかもしれません!」
白猫は胸を張ってそういうと自分の仕事場のほうへと軽やかに歩き出した。
闇天使はくすりと笑うと揺れるしっぽのその後ろを楽しそうについていった。